プロなら消防活動に必要なトレーニングをすべし

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プロなら消防活動に必要なトレーニングをすべし

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湯浅氏の鬼の自主トレ

1 自力通勤(徒歩・自転車)

 もう15年ほど、自力(徒歩、自転車)で通勤しています。適度に運動することで勤務開始前にその日の体調も分かるし、交代直後からエンジンが温まった状態で災害出場できます。以前は30km自転車通勤、佐世保に引っ越してきてからは10km自転車もしくは走って通勤。佐世保は山坂が多いので短い距離でも足腰の鍛錬になります。横浜で局本部に勤務していた時は家と勤務先が近かったので5年間、いわゆる洗えるスーツで5kmくらい走って通勤していました。路線バスが、この人必死で乗りたがってると勘違いして親切にバス停で待っていてくれることがよくありました(汗)。走りながら英語のリスニングや「瞬間英作文」などの教材でぶつぶつと呟きながら勉強して通勤していましたが、どんなに集中しているつもりでも急坂の頂上付近で呼吸が苦しくなると、気付くといつの間にかイヤホンからの音が聞こえなくなっていたということが頻繁にあります。これによって、活動中でもこのレベルの負荷がかかると自分は指示されたことが聞こえなかったり、やらなければならないと分かっているはずの活動を忘れたりするんだということが分かります。

2 ダミー搬送訓練

 フル装備(25kg)で70kgのダミーをひたすら運び続け、満タンのシリンダーを警報ベルが鳴るまで(フル充填の3分の1)実施する。もとは呼吸器の検証のために行ったものでしたが、大変つらいので今でも定期的に実施しています。いわゆる45分間活動できるシリンダーを使っているが、70kgのダミーを搬送し続ければ自分は12分程度、距離にして300mくらいしか搬送活動ができません。RITの座学では、隊員が負傷してメーデーを発信した際、一緒にいるバディは助けを待ってそこに留まるのか、自力で救出するかを状況から判断することがありますが、こういった自分の限界を知る経験がその際の判断ベースになります。現場にいる以上は、これをお試しの1回だけでなく定期的にやり続けることが理想だと思います(腰が悪い人にはおすすめしません)。

救助大会のための訓練の意味

既述の通り、消防の訓練の半分は精神力の鍛練と言いましたが、精神力だけを鍛えるのが目的の訓練なら救助大会でなくても他にいくらでもあると思います。消防ならこれだけをやっておけば大丈夫という完璧な訓練はありません。今は救助技術や資機材も外国から取り入れたものなど多様ですし、各本部で三つ打ちロープを使ったもの以外の訓練の割合が増えていっているのは間違いないと思います。

救助隊員として大切なことを別のやり方で教えられるのであれば、本部によっては必要ないという判断もあると思います。自分は選手として救助訓練をやらせてもらい、まったく大した結果は残せませんでしたが、救助隊員としての心構え、カラビナやロープの取り扱い、なによりチーム内での信頼関係の素晴らしさを教わりました。障害突破の訓練後、酸欠ですぐにでもその場に倒れこみたいときに、先輩の「こういう時こそ俺たちはちゃんとするんだぞ!」という言葉、ヘルメットや編み上げ靴をチームで揃えて置いた光景が今でも辛いときには頭に浮かびます。今の職場には救助訓練会自体がないので、自分が教わったものを別の形で伝えていかなければと思っています。

ファイヤーファイター コンバットチャレンジ

米国消防の技術競技会は呼吸器メーカーのSCOTT主催で、消防士のみならず市民向けの大会もある。
米国消防の技術競技会は呼吸器メーカーのSCOTT主催で、消防士のみならず市民向けの大会もある。
100kgの通水されたホースを25m引っ張る。
100kgの通水されたホースを25m引っ張る。
湯浅氏(写真左)と本特集に登場する阪本氏(写真右)は旧知の仲。
湯浅氏(写真左)と本特集に登場する阪本氏(写真右)は旧知の仲。

モチベーションが上がらず
自分を見失いそうなときは?

良くも悪くも地方ののんびりした消防組織では、あまりモチベーションの高くない上司、隊長、隊があります。自分が思い描いた理想の消防と違うことで自分を見失ったり流されそうになっている若手がいます。最近は若くして辞めてしまう隊員もいます。わかります。人は環境には流されます。私は非常に流されやすいタイプです。良い言い方をすればすごく適応能力があります。いま現在も、もし自分が現場にも訓練課にもいなければ、これとはまったく違うトレーニングをしていると思います。仕事が違えばフィジカルトレーニングはまったくやらないかもしれません。でも、フィジカルトレーニングに個人的な趣味趣向がないぶん、その場所で純粋に必要とされることを自分なりに分析して行えるとも言えると思います。

アメリカで2年間消防のことを勉強して日本の消防署で働き始めましたが、特別高度救助部隊に異動してUSARとかRITとかやり始めるまではアメリカでの話を消防署でしたことはほとんどありませんでした。

「視野を狭く、目の前にあることを一生懸命やる」

理想とする基本姿勢はこれです。それでいて時には視野を広く、組織の常識にとらわれない思考で考える。最終形態としてはどちらのプロセスも欠かせないのですが、すべてはバランスの問題だと思うんです。目の前にあることを自分自身でその時は一生懸命やってみることがまず大切だと思います。

その時一生懸命やったからこそ、自分が同じ立場に立った今、あの時先輩や隊長はこういったことを伝えたかったんだと改めて気づかされることが多々あります。愚直に物事に取り組める環境のすばらしさに気づけたのは正直最近になってからです。ただ、同じ場所にずっといたらそのことは気づかなかったかもしれません。

モチベーションに関しては、ありきたりかもしれませんが、他の本部や時には他の職業の人たちと交流を持ったりすることで上がることがありますし、最近はSNSなどでそういった交流の機会を求めればたくさん持つことができるのではないでしょうか? 

自分は前職では仕事上、警察、海保、医療、救助犬など災害活動を共にする他機関の方々と交流したり、そういった方々に消防のことを説明したり、意見交換する機会があり、それによって仕事へのモチベーションが非常に上がりました。今の仕事に就いてからは、訓練を主催する立場として人に説明する機会が多いので、この消防署の活動レベルを自分が上げることができるが、自分が理解していないと突っ込まれるというプレッシャーともモチベーションとも言えるような動機で日々業務に当たっています。

もう一つ、新しい訓練を隊員にやってもらう場合には「成功体験の積み重ね」を特に意識します。一度にすべてを詰め込んで多くを望むのではなく、できるだけシンプルにし、極端に言えばゲーム感覚で実施することを心がけています。若い隊員であれば、簡単なことから担当してもらい、部隊内で全員に対して若手が教えるという機会を持ってもらうこと、年配の職員であれば、こちらが伝えたいことをできるだけシンプルにしてまず興味を持ってもらうことが効果的ではないかと思います。

最後に余談ですが、我が家の裏が陸上自衛隊の駐屯地で、部屋の窓から陸自が誇る新設の精鋭部隊、水陸機動団の皆さんが訓練している姿が見えます。雨の日でも自分の体と同じくらいの荷物を背負って訓練している姿を見ると、非常に頭が下がるのと同時に自分のモチベーションも上がります。これも広い意味でのポジティブピアプレッシャーでしょうか。自分自身が市民として似たような職業の人達に何を求めているかを冷静に考えた時に、振り返って自分自身が襟を正すべきことに気付かされることもあると思います(了)。

Profile

湯浅 伸二

湯浅 伸二Yuasa Shinji

米海軍佐世保基地消防署 訓練課ドリルマスター。米軍消防で、プロの肉体労働者として活動できるための訓練を考案し、組織として実践中。

横浜市消防局で特別高度救助部隊SRを経て、米軍佐世保基地の消防隊へ。 基地の訓練課統括として、米軍消防向けの訓練カリキュラムを組み立てている湯浅氏に、 筋肉トレーニングの意味と実施例について伺った。
Jレスキュー2021年1月号掲載記事

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