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築地市場火災 ―火災に勝つ消火戦術―
【伊藤克巳の火災事例レポート】平成29年8月3日
ドキュメント 築地市場火災
平日夕刻の出火報
「中央区築地〇丁目〇ー〇、建物隣出火」
平成29年8月3日16時48分、京橋消防署に出場指令が入った。築地場外市場の出火報である。通報者は現場を通りかかった通行人で、通報は比較的早かったようだ。
築地市場は京橋消防署の管内であり、同署からは出張所2所を含め第一出場として計7隊が出場した(内訳は【表1】参照)。最先着は築地出張所のポンプ隊2隊。彼らが道路側から出火状況を確認した時点では、まだ火元の飲食店が入る建物周辺に薄く白い煙が漂っている程度だった。最先着隊から時間を置かず大隊長が乗車する指揮隊車も現場に到着。途上、原田千春大隊長(当時)も車内から黒煙が上がっていないことを目視で確認し、この火災は第一出場で抑えられるとみていた。
先着隊がホース延長を始めるとともに関係者などから情報収集し、逃げ遅れの有無を確認している間、指揮隊が火災の状況を確認した。すると火の手はすでに隣店舗にまで延びており、再び表に出たときには、建物2階部分から火が吹き出していた。
延焼は速いぞ
現場は商業施設が軒を連ねるアーケード街の一角。このあたりに多い、木造建物一棟に複数の店舗が長屋のように連なって店を出している構造で、入り口は店舗ごとに区切られているが、1店舗から火が出て壁体や小屋裏など見えない部分を伝ってしまえば、あっというまに建物全体に延焼が広がる。また木造建物どうしが密接しているうえに、大通り側のアーケード部分は屋根がつながっているため、延焼スピードは速いと考えなければならない。
現着した原田大隊長はすぐさま第二出場を警防本部に要請するとともに、はしご車による放水を決断。第一出場のはしご車に梯上放水を下命すると同時に、消防救助機動部隊(2本部ハイパーレスキュー)の屈折放水塔車の特命出場も要請した。
逃げ遅れはないか?
火災現場でまず優先しなければならないのは、逃げ遅れ者等の要救助者の救助である。今回は、最先着の築地出張所のポンプ隊員らによる関係者への聞き込み、京橋指揮隊員らによる店主への電話連絡などで、火元の飲食店には誰もいないこと、周辺店舗を含めて逃げ遅れがいないことを確認している。早朝から営業している場外市場の多くの店舗は、16時頃には店を閉めてしまうのである。近年このエリアで急増している観光客はこの日も多数いたが、幸い火災には巻き込まれていなかった。最優先事項が一つクリアしたことにより、消防活動のメインは延焼阻止のための消火となった。
延焼阻止線はどこにするか?
火災現場を指揮する大隊長は出火エリアの建物状況を見て、最初に延焼阻止線、つまり延焼を食い止められる要因となる道路や空間、耐火造建物をどこにするかを確認する。今回は、火元建物の3方は道路に面していたが、アーケードは南側方向に複数の木造建物が密接して続いている。その端に耐火造の大きな建物があるので、これを延焼阻止線とし、その手前まで筒先を配備した。
築地市場エリアでの火災で出場するポンプ隊は、第一出場で7隊(それに安全管理隊が2隊)。この火災では、これに第二出場と特命出場を加えて、ポンプ隊11隊、筒先29口を配備。水利も十分に整備されていたが、長時間におよぶ放水やさらなる筒先の増強等のため、原田大隊長は万が一水利が足りなくなった場合に備え、17時48分、消防救助機動部隊の遠距離放水車(通称スーパーポンパー)の特命出場を要請。万が一のときは、築地市場の運河から水利をとる体制とした。
屋内消火を阻む無数のシャッター
原田大隊長は、消防活動困難区域における警防計画に則り、火元飲食店の前の路肩にはしご車を部署させつつ、火元周辺を包囲するようにポンプ隊を水利に部署させたが、火元に隣接する店舗のほぼすべてが営業終了後でシャッターが閉まっており、それが消火活動を阻んだ。エンジンカッターでシャッターを開放しなければ、屋内消火を行うことができないのだが、店舗ごとにシャッターを取りつけているのでそれぞれ切断していかなければならなかった。しかも、シャッターを開けると内部には店舗の物品が所狭しと積み上げられているので、火元に注水する前に、それをいったん外に出さなければならなかった。
「路地裏側にも多数の隊を配置して包囲隊形をとったが、通りに面した店舗表側からの活動ではシャッターの開放と障害物の除去にかなりの時間を要した」と原田大隊長はふり返る。
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この延焼をどこで食い止めるか