管内は人種のるつぼ!<br>東京消防庁 新宿消防署の「多言語対応」

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管内は人種のるつぼ!
東京消防庁 新宿消防署の「多言語対応」

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英語通訳担当に訊く「消防と英語」

新宿消防署独自の国際化への取り組み

新宿消防署には、英語が好き、得意という職員が比較的多く配置されています。幹部による朝会で活動報告内容を英語に通訳するというのは、新宿消防署の未来を考えた国際化への取り組みです。管理係には私ともう1名、英語が得意な職員が配置されているので、交替で朝会に参加し、通訳を担当しております。

総務課では日常的に英語を使う機会がなく、結果的に英語力のブラッシュアップに役立っています。消防が使用する用語、とくに活動報告は独特な表現方法なので、消防用語に忠実に訳すべきか、一般の人が聞いてもわかりやすい表現にするべきか…どう訳すべきかをもうひとりの担当者とよく話し合います。幹部層にも英語を理解している課長がおり、また(取材当時の)署長もアメリカでの研修経験があるので、時々、朝会後に「あの訳し方は違うのでは?」と指摘されることもあります。

翻訳アプリがあったとしても英語は話せた方がいい

あくまでも私個人の意見ですが、救急隊と活動二輪隊を長くやり、多くの外国人傷病者に対応させていただいた経験から、これから隊にひとりは英語を話せる人がいたほうがよいと思っています。

傷病者は消防隊、救急隊が駆けつけるだけで安心してもらえるのですが、そこで最初にひと言、英語で声をかけるだけで、「英語を話せる人が来てくれた」と安心してくれます。とくに日本語が話せない外国人観光客が急病や怪我をした場合、具合が悪いことよりも、日本語が話せないことに一番不安な様子です。そこで私が外国人傷病者に接触した際によく使う第一声は、「Don’t worry anymore. It’s Okay.(もう心配しなくても大丈夫ですよ)」です。その後は、「どこが痛いのですか?」、「お名前は?」と、最初に尋ねることは決まってきます。

たとえ拙い英語だったとしても、英語で話しかけることが大事だと思います。東京消防庁では英語対応救急隊以外にも指令室に、多言語に対応した外国人通報者とのコミュニケーションをアシストする部門があります。また翻訳アプリ(救急ボイストラ)をインストールしたタブレットを救急車に載せていますので、より専門的なやり取りや英語以外でのコミュニケーションに対応できますが、これらの外国語サポートツールが充実しているとしても、隊員が英語を発することが傷病者に与える安心感に勝るものはないと考えています。

現場対応につながるTOEICが実用的

現在でも、出署前の30分、そして退署後の30分は、カフェなどで英語の勉強を続けています。

新宿消防署では当初、落合出張所のポンプ中隊長でした。落合は住宅街という土地柄、外国人対応の機会が少なく、肩透かしを食らった感じだったのですが、1年間集中してTOEICの勉強をし、スコアを600点から870点に上げることができました。これから英語を勉強する人には、TOEIC対策の勉強が一番、現場対応につながると伝えたいです。ほとんどの人がいろんな勉強法に手を出して、中途半端に終わっていると思いますが、英語勉強のポイントはまず何か一本に絞り、目標を明確にし、継続することだと考えています。TOEICでは実践的な言葉が多いので、勉強すれば一般的なニュースも分かるようになります。

Let’s 英語で活動報告!
例1

新宿区西新宿〇丁目〇-〇で発生したオートバイ単独の転倒事故。前方に止まっていたトラックに衝突し、救急搬送。傷病者は自力で救急車に乗車。

The address was corrected to 〇-〇-〇 Nishishinjuku, Shinjuku-ward. It was an accident of single motorbike, and the motorbike fell down and slipped to the car which parked in front of it. The rider got injured, but he walked in the ambulance by himself.

例2

指令同番地

same address as dispatched

例3

〇〇警防課長が出場

〇〇 chief of Fire Suppression was dispatched.

消防司令補 濱本 純

消防司令補 濱本 純はまもと・じゅん

新宿消防署 総務課
管理係(本庁国際業務係兼任)
※取材当時

プロスキーヤーを目指して20歳の時、カナダに1年間留学。帰国後、レジャープールの監視員のアルバイト中に心肺蘇生を行うライフガードとして活動。救命に関わる仕事を志し、平成16年福生消防署にて消防士拝命。管内に横田基地がある福生消防では、署長に随行して通訳を行う。昇任異動で八王子消防署。救急隊乗務の傍ら消防機動二輪の資格を取得、浅川出張所クイックアタッカー隊へ。高尾山における外国人観光客の滑落、骨折、ヘリ搬送事案に英語力を活かして対応。昇任異動で平成28年、新宿消防署落合中隊長。平成30年10月より現職。平成31年2月から1ヵ月、海外消防事情調査員としてアメリカ研修プログラム参加。


新宿での救急対応に「英語」は不可欠になった

新宿消防署に配属されて約5年半。その間、大久保出張所、西新宿出張所を経て、ここ新宿消防署本署に異動してきました。救急隊員なら指令内容から状況を想像して、現場に臨むと思います。新宿消防署に配属されるまでは「想像と現場が大きく異なる」と思ったことはあまりありませんでしたが、ここでは想像を超えた現場が多いと感じています。そのひとつが訪日観光客による事案です。とくに中国や韓国など近隣諸国からは、航空券とホテル分だけの現金で来られる方がいて、病院選定に難航することがあります。英語対応救急隊として一番難しいのが、不搬送の説明を英語で行うこと。日本語では簡単なことですが、英語ではいくら言葉を尽くしても、きちんと伝えきれているのか不安が残ります。

外国人対応事案は近年多くなったわけではありません。大久保出張所管内には韓国、ネパール人が多く居住していますし、西新宿出張所では出張で訪れる欧米人、そして本署ではベトナム人が多いと感じています。さまざまな出身国の方が暮らす新宿で、英語対応救急隊の役割は大きいものがあります。

救急活動だけでなく、支援デブリーファー資格者として、厳しい災害現場を目の当たりにした職員の惨事ストレスケアを行っており、業務以外でも、「あの人、辛そうだな」と思ったときには話を聞き、必要な際には専門医にかかることを推めています。デブリーフィングで重要なのは、「肯定すること」と「ため込ませないこと」。人の話を聞くだけでなく、自分の感情をコントロールできるようになったことは、救急活動にも生かされていると感じています。

消防司令補 須藤健二

消防司令補 須藤健二すどう・けんじ

新宿消防署
新宿第1救急小隊長(英語対応救急隊)
※取材当時

平成5年、清瀬消防署拝命。昇任後、石神井消防署、多摩指令室、現階級で東村山消防署を経て新宿消防署。平成22年に支援デブリーファー資格取得、平成25年に英語救急隊員資格取得。

[ 座右の銘 ]
目配り、気配り、思いやり


「大胆不敵な小心者」だからミスのない活動ができる

新宿消防署の管内で発生する救急事案は実に多様です。なかでも、最も難しいと感じるのが外国人対応です。本署に配置の2隊の救急隊は、いずれも英語対応救急隊に指定されており、2〜3日にいっぺんは管内で発生する外国人対応の救急事案に出場します。その際、英語を母語あるいは第二言語とする方がほとんどです、まったく英語を喋れない方もおり、その場合は非常に苦労します。

同時に、英語で意思疎通できたとしても、コミュニケーションの難しさを痛感するのが、「文化の壁」の存在です。ある英国人女性を搬送したときのこと。「How old are you ?」と問いかけると付き添いの女性に、「女性に年齢を聞くなんて失礼よ。生年月日を聞けば充分でしょう」とたしなめられたことがありました。日本人は救急隊に年齢を聞かれても抵抗を感じる方はいないため、これまで意識したことがなかったのですが、外国の方はこうしたニュアンスの違いで気分を害されることもあるのだと知り、衝撃を受けました。他文化を理解して接遇することに関しては、英語対応救急隊の役目だと考えています。

現場活動では「ミスのない活動」をモットーに、後輩の育成をしています。点滴ならやり直せるが、誤挿管は絶対にあってはなりません。部下に取り返しのつかないミスをさせないためにも、ダブルチェック、トリプルチェック、時には他隊の救急隊有資格者にもチェックをお願いするなどし、万が一危険な活動があれば、活動終了後すぐに共有するようにしています。

自分のこうした性格は、趣味のクライミングから来ているようです。クライミングも救急活動も、ともすれば危険を伴う「大胆不敵」な行動です。だからこそ何度もチェックを重ね、絶対にミスのないように努める。まさに私は、「大胆不敵な小心者」なのだと思います。

消防司令補 宮村岳

消防司令補 宮村岳みやむら・たけし

新宿消防署
新宿第2救急小隊長(英語対応救急隊)
※取材当時

平成11年、秋川消防署消防士拝命。5消防署等を経て、平成29年4月より現職。平成29年に英語救急隊員資格取得。

[ 座右の銘 ]
大胆不敵な小心者

▼関連リンク

新宿消防署配属の職員が避けて通れないのが、外国人対応である。とくに救急隊にとって外国人対応は避けられず、各隊長が口をそろえてその難しさを訴える。
写真◎伊藤久巳(特記を除く) Jレスキュー2019年7月号掲載記事

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