本邦初の指揮隊「伝令」マニュアル【前編】<br>東京消防庁狛江消防署が作成した指南書

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本邦初の指揮隊「伝令」マニュアル【前編】
東京消防庁狛江消防署が作成した指南書

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今までにない教養資料の作成

このアンケート結果を踏まえ、伝令として必要な知識や無線運用、面積算定などを効率的に学べる教養資料を作成することにし、どのような内容にするか消防係の中で何度も話し合いを持った。資料を探すと、指揮隊に関する資料はいくつか出ているが、伝令に特化したものは今までなかった。また無線運用例等もあるが、現場で必要となる無線を入れるタイミングや、どのように状況を把握するかといった実務に関する部分について細かく説明している資料があまりなかった。そこで短編的な資料ではなく、「伝令としての心構えとは」から始まる、伝令の指南書的な資料を作成しようということになったのだ。

ポイントは次の3つ。

ポイント1:伝令の業務についてすべてを網羅する

伝令の仕事は無線を入れるだけではない、また大隊長の御付きだけではない、ということを知ってもらうために、伝令の業務のすべてを記載した。まず「伝令は最強のポンプ隊員」とし、知識や技術がどのポンプ隊員よりも優れていなくてはならない、という伝令としての気概を資料の冒頭に入れた。これは本来ベテラン伝令から叩き込まれるべき、伝令としてのあり方をまとめたもので、イメージのつきにくかった伝令員への理解を深めるためである。

東京消防庁狛江消防署が作成した本邦初の指南書「伝令のすゝめ」
「南現着、活動開始!」まずは災害対象物の状況を把握しなければならない。大隊長と指揮担当が反対方向から建物を周回し、伝令は大隊長とともに行動する。通信担当はすぐに機関員席から無線装置の前の席へと移動する。警防本部への現着報告は伝令または通信担当のどちらかが行う。
ポイント2:知識と知識をつなげていく学習型資料とすること

伝令に必要な知識は消防業務の多岐にわたる。たとえば火災を例にとってみても、警防の知識や予防の知識、調査の知識、法律や規程の知識が求められる。こうした知識はそれぞれの量が膨大であることから、どこから学習を始めればよいかがわからない。このため、知識どうしを結びつきやすいように説明し、また自ら学習していく力をつけさせることが重要だと考えた。

たとえば「耐火造4/0共同住宅、4階401号室、ベランダの布団若干焼損にて鎮火……」という無線報告の中にも、耐火造はどのように見分けるのか? また、共同住宅の用途判定は? ベランダの布団が燃えたら何火災? というように多くの学習ポイントがあった。こうした点を効率よく学習していかなければ、単に無線報告ができるだけの伝令で進歩はないだろう。こうした知識が線で繋がってくると、実に現場での活動は楽になってくる。そのための学習の糸口を示したかったのだ。

東京消防庁狛江消防署が作成した本邦初の指南書「伝令のすゝめ」
「火点建物の所在にあっては指令番地どおり」伝令は大隊長とともに状況把握する途中に住所を確認。そのことをすぐに通信担当に無線を入れる。
ポイント3:読み物的な要素を取り入れる

伝令のすべてを網羅するつもりで資料を作成していけば、ページ数もかなりの量になることが予想されたが、文字の羅列だけではとても読まないだろうという意見が出た。そこで語り口調を主として、写真や図を多く取り入れるなど、読み物的な要素を取り入れようと考えた。興味を持って読んでくれる資料を目指したのだ。

東京消防庁狛江消防署が作成した本邦初の指南書「伝令のすゝめ」
指揮隊は火点建物の風上、南路上に現場指揮本部を設定。大隊長が次の活動方針を決定し、伝令がそれを助言しつつ、大隊長命令、活動方針の変更などを通信担当に無線を入れていく。指揮盤には指揮担当と情報担当が刻々と変化する災害の状況を書き入れていく。
完成した資料 「伝令のすゝめ」

各ポイントを抑え、様々な伝令経験者の話なども盛り込み、資料が完成した。資料は、福澤諭吉が自己の独立とそれをなすために学問の本質を説いた「学問のすゝめ」になぞらえ、伝令としての自立を目指してほしいという願いから、『伝令のすゝめ』とした。計196ページにおよぶ分量となった。

「伝令」とは何か? 名前は聞いたことがあっても、その役割を明確に答えられる消防職員はどれだけいるだろうか。東京消防庁狛江消防署は、この重要業務を若手職員に伝授すべく「伝令」マニュアルを作成した。その完成度の高いマニュアルを紹介しながら、かつてはベテラン職員しか就けなかった指揮隊の中の「伝令」という仕事の奥深さを紹介する。
投稿◎東京消防庁 狛江消防署 指揮隊 河野優作  構成・写真◎伊藤久巳 Jレスキュー2017年5月号掲載記事 (役職・階級・体制は取材当時のもの)