【令和6年能登半島地震】消防は初動でどのような活動を行ったのか<br>―名古屋市統括指揮支援隊(第1次派遣隊)―

Special

【令和6年能登半島地震】消防は初動でどのような活動を行ったのか
―名古屋市統括指揮支援隊(第1次派遣隊)―

緊急消防援助隊の全体を采配する統括指揮支援隊。広範囲が被災した令和6年能登半島地震において、第1次派遣隊が初動でどのような活動をし、任務に当たったのか。第1次派遣の11府県大隊546隊、2035名の隊員を動かした統括指揮支援隊に話をうかがった。
Jレスキュー2024年5月号(4月10日発売)より抜粋

写真◎名古屋市消防局提供

Twitter Facebook LINE

被害状況が不明、被災地も広範囲に分散。
どう部隊を投入するか

石川県能登地方で最大震度7の地震が発生したとき、愛知県名古屋市では震度4を確認。名古屋市消防局では消防本部室を立ち上げた。震源地は能登半島沖、主な被災地が石川県内であることがすぐさま判明し、緊急消防援助隊の出動計画に基づき、統括指揮支援隊の派遣準備を開始した。

17時30分に総務省消防庁から緊急消防援助隊の出動指示が発せられると、特別消防隊隊長の川合伸英を隊長とする7名が統括指揮支援隊として石川県庁へ向かった。7名のうち川合隊長を含む5名は、ヘリコプターで石川県庁内に設置される消防応援活動調整本部に入るという出動セオリーに則り、名古屋空港から同消防局の消防航空隊ヘリで石川県の小松空港へ。残る2名は、消防部消防課の指揮車に資機材を積み込み、陸路で石川県庁へ向かった。

ヘリで先行した5名は、20時52分に石川県庁内の調整本部へ到着。消防応援活動調整本部要員として派遣されていた金沢市消防局の職員から活動状況の申し送りを受けた。このときに、奥能登広域消防本部の管轄である輪島市と珠洲市、能登町、穴水町の被害状況の情報が入っていないこと、奥能登地域以外にはインパクト事象が発生しておらず、当初は被害が大きいようだと伝えられていた羽咋市や七尾市は石川県内広域応援隊で対応できそうだという情報を得る。また、金沢市消防局が先遣隊を出動させて情報収集をしたところ、奥能登地域へ向かうための主要な道路で地割れや段差が発生しており、車両の通行が困難な箇所が複数あるとの情報も得た。
 
今回の災害では、京都市消防局と大阪市消防局、新潟市消防局から指揮支援隊が派遣された。このうち、京都市消防局の指揮支援隊は珠洲市で、大阪市消防局の指揮支援隊は輪島市で、新潟市消防局の指揮支援隊は能登町で活動することを決定した。統括指揮支援隊員として第1次派遣隊で出動した名古屋市消防局の消防部消防課計画係長の消防司令・桜田智也は、それぞれの指揮支援隊の活動地域の決定について、次のように話す。

「私たちが小松空港に到着したときには、すでに京都の指揮支援隊が到着していた。これを見て京都の動きが早いと判断した。また、金沢市消防局からの情報で、能登半島の先端のほうの被害が甚大である可能性が高いとのことだった。そこで川合隊長と協議の上、能登半島の北端にある珠洲市を京都の指揮支援隊に任せようという判断を下した」

また、21時ごろには金沢市消防局の協力を得て、府県大隊の宿営地として石川県消防学校と金沢競馬場を確保した。加えて、石川県内広域応援隊の指揮支援隊には、緊急消防援助隊動態情報システム(DJS)で情報を共有するように伝達した。
 
23時ごろ、指揮車で移動した統括指揮支援隊の2名が石川県庁に到着する。
「指揮支援隊の割り振りと府県大隊の宿営地を決定したあとで、府県大隊の割り当てを川合隊長と協議した。自分が各府県大隊の隊数や人数、車両規模から判断して、割り当ての案を提出し、それを川合隊長が確認、修正して決定した。この時点では活動地域の被害状況がまったくわからない状況だったので、人数や車両の配置に偏りがないように割り振ろうという隊長の方針で部隊の割り振りがされた」

石川県庁内に設置された調整本部で、統括指揮支援隊が自衛隊や海上保安庁などの外部機関との調整を行う写真
石川県庁内に設置された調整本部で、統括指揮支援隊が自衛隊や海上保安庁などの外部機関との調整を行った。

頭を悩ませ続けた宿営地問題

1日深夜から2日にかけて、石川県内広域応援隊や警察、自衛隊、石川県土木課、トヨタ自動車の提供している「通れた道マップ」などから道路状況の情報を収集する。このほかにも指揮支援隊や各府県大隊の統合機動部隊、先遣隊が進出していく経路から、道路情報の集約と発信に注力した。
 
並行して、石川県消防学校と金沢競馬場に設定した宿営地を、さらに北へと再設定できないかを模索した。
「石川県消防学校と金沢競馬場は金沢市内にあり、輪島市や珠洲市、能登町等の活動地域からは100~130kmもの距離がある。昨年(2023年)11月に実施された、能登町を主会場とする緊急消防援助隊の中部ブロック訓練に私も参加していた。その際に使用した宿営地の一つに『やなぎだ植物公園』という場所があり、そこはかなりの部隊数が入れるであろうと自分の目で見てわかっていたので、石川県等との調整および現地確認による宿営地として使用可能との判断から、珠洲市と能登町で活動する部隊はそこへ向かってもらった」(桜田)

このほかにも府県隊が地元の消防や地域住民などから得た情報を基に、活動地域から近い場所に宿営地または前線拠点を設定し始めた。

「我々としては、同じ地域で活動する府県大隊には、あまりバラバラに点在するような宿営地を設定してほしくなかった。携帯電話の通信環境が良くない地域が多かったので、活動後のデブリーフィングなど、なるべく情報共有がしやすいようにまとまって宿営できる場所がないか模索していた。民間施設の駐車場などは運営が再開されることになれば別の場所へ宿営地を移さなければならなくなる。活動拠点までの距離が遠すぎず、多くの部隊を入れられる広さがあって、長距離移動が発生しない宿営地の選定については最後まで悩ましい問題だった」

お話をうかがった方

Profile

消防司令・桜田智也

消防司令・桜田智也

緊急消防援助隊 統括指揮支援隊
名古屋市消防局 消防部 消防課

Profile

消防司令補・水谷嘉之

消防司令補・水谷嘉之

緊急消防援助隊 統括指揮支援隊
名古屋市消防局 消防部 消防課

刻一刻と変化する道路状況などに緊急消防援助隊はどう対応していったのか。
続きはJレスキュー2024年5月号にて掲載。

緊急消防援助隊の全体を采配する統括指揮支援隊。広範囲が被災した令和6年能登半島地震において、第1次派遣隊が初動でどのような活動をし、任務に当たったのか。第1次派遣の11府県大隊546隊、2035名の隊員を動かした統括指揮支援隊に話をうかがった。 ※Jレスキュー2024年5月号(4月10日発売)より抜粋
写真◎名古屋市消防局提供

Ranking ランキング