
Special
金属スクラップ火災をどう制圧するか
―名古屋市消防局の消火戦術―
延長に次ぐ延長放水
最大の懸念は二次災害
この時点で松岡指揮官は長期戦を覚悟した。そこで現場直近の隊員を中心に交代して休憩を取らせるローテーションを組み、高温の中で活動する隊員に水分補給を促した。さらに延焼防止の策を講じながら、最も注意すべき二次災害(隊員の怪我)の防止も徹底させた。
最前線で活動する隊員らは、経験したことがない状況に直面していた。大型化学高所放水車を操作する鈴木隊長と續木機関員は、なかなか安定しない水量にやきもきしていた。事前の調査では、直線距離で100m以上離れた北側の入り江奧から自然水利が取れると考えていたが、初夏で発生した藻が吸管に詰まり大きな活動障害になっていた。水面まで距離があるため吸管2本を繋いで吸い上げており、藻を除去する度に吸水を一時中断せざるを得ない状況だった。それが、補水が安定しない原因だった。そこで離れて部署する他隊の吸管を借り、2線並列で設定。掃除しながらでも絶やさずに補水を行う方策で藻の問題を解決した。さらに250m以上離れた消火栓からも1台のタンク車を経由して遠距離の補水を行った。
黒煙により分断された南側でも状況は同じだった。最も近い工業用の消火栓まで300m以上、さらに400m以上離れた一般消火栓を加え2箇所から3台の車両が搭載するホースすべてを使い大型水槽車へ補水。大型水槽車では5000リットルタンクに直接クラスA消火剤を入れ、クラスA消火水として3台のはしご車に送り消火効果を高めた。

活動は長期戦に
補給と隊員支援に奔走
また大型化学高所放水車は消火が進むにつれ部署位置を変えることを考慮し、補水のホースにストップバルブを付けた。こうすることで、効率的にホースを外し、車両を移動することができた。
当初は北西方向に流れていた黒煙も、風向きが変わると活動隊の前方視界を完全に奪った。さらにヘリが落とす水と強烈なダウンウォッシュも視界を遮った。大型化学高所放水車を操作する2人は風向きが変わり、煙が来ると判断した瞬間に空気呼吸器を装着するという方法で操作を継続し、鈴木隊長は全部で6本のボンベを使った。
大型化学高所放水車の近くにいるはずの重機も見えなくなった。日が暮れると照明車や大型ブロアー車が投入され、活動環境の改善が図られたが、火点は基本的に熱画像直視装置の画像でチェックしながら放水を行った。
重機が作ったスペースに部署位置を移動するときにも注意が必要だった。30㎝ほどの深さになった水たまりには、鋭利な家電廃品のゴミも散在していた。転んでしまえば怪我をするし、車両にもキズが付いてしまう。移動する都度、ゴミを撤去してから車両を移動する必要があった。
さらに大型化学高所放水車のような特殊車両には交代要員がいないため、10時間以上直近で集中力を保ちながら作業を続けなければならなかった。2人が交互に作業をしても、完全に現場から離れて休息をとることはできない。一方、指揮隊も全体を把握するため、広範囲に分かれて部署された車両と車両の間を伝令が走り回り、その距離は往復すると1㎞以上になった。
活動開始から約4時間後には1回目の燃料補給を、8時間半後には2回目の燃料補給を行った。さらに無線機のバッテリーも切れる恐れがあったため、充電器を署から取り寄せ、交互に充電しながら使い続けた。港消防署の後方支援で食料や飲料水も適宜隊員に与えられた。

様々な難局を各隊の創意工夫で打破
翌朝7時14分になってやっと鎮火したものの、無数のホース撤収や潰れた土嚢の清掃などの後処理を終えて引き上げが完了した時には8時をまわっていた。
長時間に及ぶ消火活動が終了した。出場車両は同車を含む29台、ヘリコプター2機、出動隊員数は112名、消防団18名で、最終的に14時間54分で鎮火した。水利状況が悪い地域での放水補水体制の確立や同地区での消火栓の整備などの課題も残ったが、前年の弥富ふ頭金属スクラップヤード火災と比べても投入した車両数、使用した燃料、要した時間などのデータは酷似していた。
松岡指揮官はこの時の災害対応を次のように総括した。
「最悪の状況をコントロールしながら火災の推移に対応した対策を取ることができた。計算外の出来事もあったが、個々の隊員が臨機応変な創意工夫で対応し、危機的な状況を少しずつ好転させて行った。大型化学高所放水車による泡放射は、立体物に対しては泡が流れ完全窒息に至らなかったが、初動では効果的だった。その後は高圧放水に切り替え、火点を集中的に叩くことができた。同種の火災には欠かせない必須車両といえる。
夜が明ける頃には鎮火する見通しが立ったため、交替をせず、最後まで同じ隊員でやり遂げることにした。活動が長時間に及んだため、隊員にとっては肉体的、精神的にきつかったと思うが、途中から戦術が固まり、部隊に一体感が生まれていたので、隊を入れ替えることで起こる混乱やリスクは避けたかったのだ。
港湾地域を守る我々港消防署は、常に石油タンクの火災を想定した準備をしてきた。必要な車両も能力のある隊員も揃っていた。自分たちが中心になって災害に対応するという自負、プライドもあった。その土台があったからこそ、幾つかの選択肢の中から、有効なカードを切り続け、結果に結びつけることができた。
また他署の協力も忘れてはならない。彼らもなすべきことを的確に判断し活動してくれたので、港消防署の隊はミックスメタルの消火に専念できた。駆け付けてくれた消防団員による交通整理も現場の混乱を最小限に止めてくれた。さらに名古屋市消防局は連携訓練を積極的に行っており、行政区を越えても合同訓練を重ねることで顔が見える関係を作ってきた。すべてがチームワークの賜だった」



