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国際文化・観光都市「京都」を守るプライドと攻めの戦術【京都市消防局】
京都市には数多くの世界文化遺産を含む歴史的建造物や昔ながらの町家が随所に残されており、世界中から訪れる観光客を魅了している。
だが、この千年の都を火災から守り続けることは容易ではない。
市内全域に木造密集地域が広く分布しており、情緒ある街並みを火災から守る京都市消防局は、独自の消火戦術を実践し、
他に例を見ない隊員育成を行いながら、人々の生活を守り、歴史と文化を守るという重責を果たしている。
[写真]京都市消防活動総合センターで行われた京町家街区火災想定の部隊訓練で、火元の建物内部にむけて放水する消防隊。
写真◎中井俊治、京都市消防局、編集部
Jレスキュー2018年1月号掲載記事
歴史ある木密地域では何よりも延焼阻止を第一とする!
歴史ある街が抱える火災リスク
言わずもがな、京都市はその昔、1000年以上にわたって日本の都として栄えてきた都市である。大きな戦災にあっていないことから京町家という伝統的な木造家屋が並ぶ街並みが多く残っており、長い時間をかけて洗練されてきた工芸や祭礼とともに都市文化の基盤となっている。しかしながらその反面、火災に対しては次のような脆弱性を抱えている。
木造密集地域が市内に広く分布
市内には戦災による被害が少ない旧市街地や、戦後復興から高度経済成長期にかけて土地区画整理事業が未着手のまま市街化された地域を中心に、細街路が集中する木造密集市街地が広く分布している。
とりわけ延焼危険が高い京町家街区
京町家の脆弱性は、木造であるうえに隣家と非常に密接していることから、延焼拡大しやすいという点にある。京町家街区の特徴の一つは長屋があること。加えて、隣家と繋がっていなかったとしても、家と家の間隔が狭く、空気ボンベを背負った隊員がその間に入っていくことはできない。つまり火災時に四方包囲体形がとりにくいのだ。
そんな危険区域で過去、昭和56年に壬生地域で大規模火災が発生し、平成28年には木造建物の飲食店が軒を連ねる先斗町(ぽんとちょう)で複数棟が燃焼する火災が発生した。どんなに予防対策を進めていても油断はできない。
細街路が多い
京都市には、木造密集市街地のほかにも、都心部や周縁部などを中心に細街路が市内各地に多数点在している。通常の消防車両では入れないような超狭あい路がそこかしこに存在するのである。京町家街区も細街路の多いエリアで、やはり消防車両が火点近くまで進入できない道路が多い。
消火戦術は延焼阻止ファースト
屋内進入で延焼阻止
京都市消防局では木造建物火災に対する第一出動として消防車6台、救助車1台、指揮隊車3台、救急車1台を出動させる出動計画が作成されている。出動した消防車両は火点建物の四方を包囲する体形をとることを念頭に、各出動方面から水利部署し、筒先を配備する。
消火活動に際して京都市消防局が徹底しているのは、屋内進入による延焼阻止を第一とすることである。もちろん、建物内の要救助者の有無を必ず確認し、屋内に逃げ遅れの要救助者がいる可能性が高ければ、救助放水線を確保して屋内進入による救助活動を行う。
延焼阻止のための屋内進入消火では、火点となっている建物に積極的に屋内進入し、路上放水の注水死角(後述)の火を叩き、さらに延焼経路となる小屋裏(天井裏)や壁体をとび口などで開けてそこから放水し、延焼経路を徹底的に潰す。
徹底的に隣棟防ぎょ
これと並行して京都市消防局が実施するのが「隣棟防ぎょ」だ。隣接する建物に対しても屋内進入し、軒下から小屋裏(天井裏)や壁体に火が回っていないか、とび口で開けて小隊長自らが内部を確認し、延焼阻止活動を徹底する。
なお、消防の現場到着時にすでに延焼のリスクが高まっていれば、先着隊は主火よりも先に路上から隣棟の建物冷却放水を行い、さらに木造が連なっている重要防ぎょ方面には集中的に筒先を配備する。
延焼阻止線の設定
火災が拡大して大規模化した場合には、火点を包囲する道路等を延焼阻止線として放水活動を実施する。小規模燃焼の場合は、水槽車等のタンク水を活用し一挙鎮圧が図れるよう速消活動を実施する。
屋内進入時の安全管理
屋内進入する隊員は、安全を監視する隊長1名、筒先を保持する隊員1名、筒先を補助する隊員1名の3名で構成する。まず筒先を保持する1番員が建物内部に入り、それに隊長が続き、最後に筒先補助隊員がホースを抱えながら進入する。軒先などに落下の危険性がある場合は、隊長がとび口で落とした上で内部に進ませるなど、できるだけ危険要因を排除しながら屋内の消火箇所を指示していく。
なぜ屋内進入なのか?
屋内進入をすれば消防隊員にかかる危険リスクは大きくなる。進入せずに路面放水で消火できるならそうしたいと考えるのが、隊員の命を預かる隊長や指揮隊長の本音だろう。しかし、路面放水では必ず窓や戸の内側脇、下部、上部に放水が届かない注水死角が発生する。そこに火種が残っている限りは、どんなに放水を続けても隣棟で延焼阻止を行っても、延焼をストップすることはできない。
京都は街並みそのものが歴史的な文化遺産である。一度燃えてしまった建物は、どんなに似せて再建しようと歴史的建造物ではなくなる。「京都の街並みは自分たちが守る」という消防の固い決意が京都式の屋内進入の戦術を確立し、隊員一人一人の自覚が初期の延焼阻止体形、屋内進入の徹底を実現しているのだ。
戦術のカギは指揮運用
冒頭で火災出場では3隊の指揮隊が出場すると書いたが、その内訳は所轄の指揮隊、隣接署(応援)の指揮隊(各隊3名構成)、本部指揮隊(2名構成)である。各指揮隊の役割は次のとおりで、所轄指揮隊長が現場の最高指揮者につく。
○所轄指揮隊
現場の最高指揮者(隊長が主火に正対して指揮所設置。副隊長は重点延焼方面での指揮活動。隊員は開設された指揮所で情報集約・無線担当)
○応援指揮隊
火点の四方を包囲するように、所轄指揮隊がカバーできない2方面での指揮活動
○本部指揮隊
所轄指揮隊長の指揮支援
京都消防の戦術を支える教育
街並みを再現した訓練場
京都市消防局には、市の街並みを再現した街区訓練場を置いた「消防活動総合センター」がある。この街区訓練場には京都市特有の京町家や共同住宅を鋼材で再現した平屋建てから3階までの訓練用建物14棟を配置している。
各建物はジャッキアップして台車の上に乗せれば人力で移動可能で、街並みを自由にレイアウトすることができる。また、各棟の間取りも自由に変えることができる。
街区訓練場は各消防署の訓練に日常的に使われており、毎日どこかしらの消防署がこの訓練場を使って訓練を行っている。さらに、次の2種の特別消防訓練をそれぞれ年1回、訓練目的や火災想定を定めて実施する。
○特別消防(部隊合同)訓練
各署指揮隊の指揮活動能力の向上を主眼としており、複数部隊が参加して行う。
○特別消防(部隊)訓練
各部隊の消防救助活動能力の向上を主眼とした訓練。日常の訓練とは別に各隊単位で行う。
今年度の特別消防(部隊合同)訓練
写真で紹介しているのは今年度の特別消防(部隊合同)訓練の様子で、5月に実施した。京都特有の木造建物密集地域での火災想定で、細街路や障害物により活動が困難な状況を再現し、次の3点に主眼をおいた訓練を実施した。
①指揮隊の指揮活動能力および安全管理能力の向上
②木造建物密集地域火災における燃焼拡大危険を想定した早期の『背面防ぎょ体制』の確立
③水槽車を活用した部隊の連携活動能力の向上および迅速な放水包囲体形の確立
この訓練は新潟県糸魚川市の大規模火災を踏まえたもので、現場状況は【図1】のように2階建て民家の1階が全面燃焼し、西側を除く三方に延焼危険があり、すでに北側3階建て建物の2階に延焼拡大しているという想定。訓練では主に次の3点がチェックポイントとされた。
①木造家屋の密集エリアで、燃焼建物の背面には容易にまわることができないよう街区をレイアウト。各指揮者が顔の見えない状態でいかにスムーズに意思疎通を図れるか。
②背面側を延焼拡大危険が大きい方面と想定とし、その面を担当する指揮者がいかに迅速に背面側に筒先を集め、かつ効果的な包囲体形を形成できるか。
③水槽車を活用した迅速な放水及び連携部隊とのスムーズな活動が図れるか。
ここでは、防ぎょ重要方面(背面側)の方面担当指揮者がどれだけ筒先を集めるかどうかが試される。
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特別消防訓練の実施