米国流の現場指揮システム <br>インシデント・コマンド・システム

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米国流の現場指揮システム
インシデント・コマンド・システム

ICS(インシデント・コマンド・システム)は、米国の現場指揮システムだというのが、多くの方の認識ではないだろうか?
確かに、考案して最初に導入したのは米国だが、採用しているのは米国だけではない。JICA主催の海外研修生の訓練指導が日本で行われており、そこで発展途上国をはじめ様々な国の人達と話すと、数多くの国がICSを採用していることがわかり、少し驚いた覚えがある。
まだまだ日本では馴染みが薄いが、世界的に普及しつつあるICSについて紹介する。

文◎草場秀幸(在日米海軍統合消防局 佐世保署勤務)
Jレスキュー2019年3月号掲載記事

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ICSとは

ICS(インシデント・コマンド・システム)とは、どのような災害種別、災害規模にも対応すべく標準化されたマネジメント・システムである。その最大の特徴は、指揮命令系統から、災害時に使用する用語、各部門が行うべきことが詳細に定められており、災害規模が大きくなった際の組織拡張の型が決まっており、指揮権の移譲がルール化されていることだ。

なぜ、このようなシステムが多くの国で採用されているのかというと、災害現場において指揮命令系統の確立は最重要事項だからだ。指揮命令系統が不明瞭であったり、崩壊してしまうと、現場での活動が滞るばかりではなく、活動隊員に危険を及ぼしてしまう。

ID 29651475 © Photographerlondon | Dreamstime.com
森林火災での失敗にみる指揮命令系統確立の重要性

ICSが米国で考案された背景には、大規模森林火災での消火活動の失敗がある。2018年にも米国カリフォルニア州で約970平方メートルを燃やす大規模森林火災が発生し、有名人の豪邸も被災していたが、アメリカ西海岸側は乾燥した夏が長く続くために森林火災が発生しやすい。1970年代にカリフォルニア州で多発した森林火災では、ひとりの指揮官に多くの情報が一度に集中し、さばききれない事態となった。しかも、応援のためにかけつけた周辺地区の消防隊とも適切な意思疎通が図れず、指揮命令系統が不明確になり現場は混乱した。この時の問題点を整理すると概ね次の通りになる。

〈指揮失敗の要因〉
  • ひとりの指揮官に対して多すぎる部下
  • 組織ごとに異なる非常態勢
  • 組織ごとに異なる用語の使用
  • 信頼できる事故情報の欠落
  • 不適切で互換性のないコミュニケーション
  • 事故発生時の活動目標が不明確か、確立されていない

これらを教訓に、広域・複数機関にまたがる対応時の連携も考慮して、標準化および共通化した考えに基づいた緊急事態への対応策として開発されたのが、インシデント・コマンド・システム(ICS:現場指揮システム)だ。

ICSは緊急事態対応の際の基本となる用語、機能、組織などを特定して定義し、さらに共有することによって、個人レベルあるいは組織レベルでの意志の疎通を図り、他組織との相互運用性や緊急事態対応活動への有効性・効率性を向上できる。さらに指揮系統や管理体制、協力体制の確立を図るものだ。

このため、ICSでは1人の指揮者が管理する人数の制限、使用する用語の共通化、災害規模に応じた組織の拡張・縮小の単位化(モジュール化)等が、基本事項として列記されている(下表「ICSの9つの基本的な考慮事項」参照)。

ICSの9つの基本的な考慮事項
管理適正人数

ひとりの指揮者に対して3〜7名が管理統制限界で、それを越えるとどんなに有能な指揮者でも管理が疎かになるといわれている。また管理適正人数は5名で、それを基に指揮命令系統が構築されている。

用語の共通化

災害対応を本来の業務としない機関等と共に活動する際は、ひとつの言葉に対するわずかな認識の差異が後に大きな混乱を招く可能性がある。そのため、互いの報告や連絡、協議の際は用語の統一が必要となる。

単位化され拡張可能な組織体制

機能・組織を単位(モジュール)化しておき、災害の大小や様々な状況に合わせて必要なモジュールだけを対応させる。状況に応じた組織の拡大や縮小が可能となる。(図1参照)

【図1】単位化による組織拡張の例
このように災害規模に合わせて柔軟に組織を拡張でき、
その都度上位の指揮者の指揮下に入ることが明確に定義されている。

指揮権の移譲
先着隊の隊長は、現着時には指揮権を持っているが、体制が拡張してさらに上位の指揮者が現着した際には、指揮権の「移譲」が発生する。その際は「Face to Face(顔を合わせて)」で申し送りをし、確実に指揮権を上位の指揮官に移譲することが大事だ。

統一的で明確な指揮命令系統(指揮の一元化)

報告する上司はひとりだけ、活動内容の指示を受けるのもその上司からのみという決まり。コミュニケーションを乱立させないために、この指揮の一元化は絶対に守らなければならない。ここで発生してはならない現象が「エンドラン」。末端の隊員が直上の指揮者を飛び越え、さらに上位の指揮者に直接コミュニケーションを取る、あるいはその逆のパターンを指し、「エンドラン」が発生すると上下間の伝達が上手くいかず、指揮命令系統の崩壊へ繋がる。

統合化されたコミュニケーション

複数機関の間の通信システム、その操作要領、そして使用する用語を統一すること。また、市民やマスコミに対する情報は、リエゾンオフィサー(広報担当官)が一元管理する。

強固な活動計画

活動目標を明確に示すこと。さらに、「災害における対策(活動)の主要目標」、「後方支援を含む個々の活動の目的」、「参加組織の義務」等の活動計画を文書化(IAP:Incident Action Plan)することにより、個人や組織の活動をより明確に伝達できる。

第二指揮所の設置

災害の拡大に備え、できれば第一指揮所のバックアップとなる第二指揮所を設けた方がよい。またテロ対応の面でも、第一指揮所は標的となる可能性があるので、第二指揮所を設けることは有効である。

総合的なリソース管理

人員の割り振りや資機材の管理等を行う部門が設けられていること。

的確な情報収集、管理、伝達

計画・情報収集部門が設けられ、迅速な情報収集と、各部門への伝達を迅速に行う。

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ICSの基本的な機能は5つに分類される

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