進化する「姫消式」消火戦術【前編】

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進化する「姫消式」消火戦術【前編】

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狭所巻きからの脱却
既存のものにとらわれるな

こうしてできたホース巻きは利便性が良く、ある程度現場活動でも使用できた。

「とにかくその当時は、放水までをミスなく迅速に行いたかったので、先ホースを狭所巻きだけに拘るところから脱却したかった。そこで今のⅠ号バッグの原型となるものを考案した。しかし、完成品を当時の上司だった今田係長(現:飾磨消防署第一指揮司令)に披露したところ、私達の考えの甘さを指摘され、一蹴された」(警防課 警防救助第一担当 消防司令補・松田悟志)

当時の上司であった今田第一指揮司令の考えを伺うと、

「彼らが持ってきたホース巻きは、既存の製品化されているホースバッグに合わせてホース巻きを作ったものだった。しかしそれが本当に目的を達成するための正しいものなのか疑問だったので『既存のものに合わせに行くな。自分達の弱点は一体何なのか、地域住民が求めているものは一体何なのか。それを追求するものを思いっきり作りなさい。ホースバッグが必要ならば一から作ればいい』と伝えた」

こう指摘された森下隊員(当時)は、自分達がモノや予算がないことを言い訳にして妥協していたことを痛感させられた。自分達の研究は小手先の利便性だけを求めたものであって、もっとしっかりした研究をしなければならないと感じた。またその際、当時の今田係長から「ないからできひんはあかん。どうすればできるんかを考えてやるのが仕事や」と言われ、そこから姫路西消防署の自由研究は本当にゼロからスタートした。

進化する「姫消式」消火戦術
戦術を変えたのに元ホースはそのまま?

姫路市消防局の消火隊は、平成24年に40mmホースとガンタイブノズルを導入し、屋内進入主義に移行していた。しかし、その際に元ホースの延長要領については従来の50mm戦術のままだった。すると、今までは分岐から何本でも50mmホースを延ばして火点到達させていたものが、40mmホースの導入によって先ホースの本数が制限され、屋内進入どころか火点にすら届かないようになった。この問題があったため、先ホースだけでなく元ホースである65mmの延長要領についても研究しようという流れになる。それと同時に、地域住民が住んでいる住宅の現状把握と将来の展望についても調べ上げた。すると、木造住宅は約6割で、残り約4割はRC造等の共同住宅であることが判明する。

「課題を克服した上で、さまざまな建物構造にも出火階にも柔軟に対応できるシステムを作る」ことが目標となった。そのためにクリアしなければいけない条件を各種法令や統計データから洗い出し、それからは森下隊員の第一担当だけでなく第二担当の隊員にも「仲間」に加わってもらい一緒に研究を進め、約1年をかけて今の姫消式消火システムの原形が作り上げられた。

「今の形に到達するまでの間、当時の今田係長は一緒に研究や訓練に参加してくれるだけでなく、約20種類のホースバッグを手作りしてくれた。『仲間』皆で廃棄ホースを切断し、持ち手に使うシートベルト等を集め、それを今田係長が一つ一つミシンで縫い上げてくれる。今はもうこの手作りホースバッグを現場で使うことはなくなったが、訓練では使用している。本当に私達の宝物です」(森下)

進化する「姫消式」消火戦術
現着と同時に迷いなく各隊員の役割に当たる。
進化する「姫消式」消火戦術
機関員はスカートボックスから元ホースの65mmを放水口に接続。
進化する「姫消式」消火戦術
隊員がⅠ号バッグ(予備)を片手に、スカートボックスの65mmホース2本分を迅速かつ障害物に当てないように延長。小隊長は小隊長セットのホースバッグ2つ(Ⅰ号とⅡ号)を持ち火点に向かって走る。
局長プレゼンへ

平成29年になると、このシステムを見た名倉副署長が内容に賛同し、「手作りホースバッグを作り続けるのは難しいからメーカーに試作品を作ってもらおう」と研究を後押しし、(株)FS・JAPANとの共同開発が始まった。時を同じくして、福岡署長(現:消防局次長)の賛同を得られ、「署内の全消火隊で実施しよう!」と声がかかり自由研究が署内の全消火隊に広がり大きく動き出した。

この頃になると、研究の主体であった森下隊員や松田隊員等は、

「このシステムを局全体に広めて、姫路消防の全消火隊の活動ミスをなくしたい!」と小グループの自由研究から大きな目標に目指す先が変わっていた。そして平成30年には、「姫路消防の全消火隊で実施するべきだと思う。局長プレゼンしてみよう」と福岡署長の鶴の一声で局長プレゼンの場が設けられた。

その後は、姫路西消防署主催の勉強会に全消火隊19隊が参加しての勉強会を開催。しかし、蓋を開けてみれば予想以上に反対意見が多かった。というのも、姫路市消防局は日本触媒での爆発事故以降、当時の教訓を踏まえ、小隊長は何も持たずに情報収集に専念するという活動体系が構築されつつあった。しかし、姫路市消防局の消火隊は1隊わずか3人の編成。姫消式消火システムは、活動と情報収集を両立するスタイルを目指して構築されたもので、「小隊長セット」として小隊長がホースバッグを2つ携行して現場に向かうという活動である。その活動の変化は多くの反発を生んだ。

しかし、大きな壁にぶち当たりながらも勉強会は継続して行われ、システムは徐々に拡大していく。そして令和元年度、本部の警防課が全体運用開始に向け動き出す。賛同してくれた「仲間」の知恵を借りながら、マニュアル作成、共同開発したホースバッグの配備、消防車両の艤装変更、事前の研修会等を行い、令和2年5月1日に晴れて姫路消防の消火隊全19隊での運用が開始した。

進化する「姫消式」消火戦術
小隊長がⅡ号バッグ積載の分岐管を隊員が延長した65mmのホースに繋ぎ、そこからⅠ号バッグの40mmを繋ぐ。
進化する「姫消式」消火戦術
40mmを火点に向けて延ばす。
進化する「姫消式」消火戦術
放水。
現場でのミスが減った

「姫消式消火システム」は、姫路西消防署の1小隊の自由研究から消火隊全体の勉強会へ発展し、地道に勉強会を続けていくことで仲間を確実に増やし、平成30年度・令和元年度には、「仲間」が人事異動で各署に散らばり、新たな所属で各々がシステムの推進活動を行ったことにより、全消火隊の約半数がシステムを実施するようになり、徐々に局全体で実施する機運が高まった。これも消防局の正式採用を後押しした。

実際に目に見える効果もあった。姫消式消火システムを現場に導入すると活動の煩雑さが解消し、活動ミスが減っていくことが手に取るようにわかったという。

現在、飾磨消防署の消火隊小隊長を務める森下小隊長は、別の効果も感じていた。

「現場での活動ミスが減り、活動効率が上がったのは当然だが、一番効果を発揮したのは、『補勤』時の活動である。姫路消防には、分署・出張所の人員が不足した際に本署員がその分署・出張所で勤務を行い、搭乗人員を確保する体制をとっている。これを「補勤」と呼んでおり、この補勤は毎日どこかの出先で行われている。しかし、通常とは違うメンバーで活動するだけでもやりにくさがあるのに、積載資機材の場所、活動方法が補勤先それぞれで異なることから、本署員も補勤先の職員もお互いに戸惑いややりにくさを感じながら活動し、ミスが発生しやすい環境にあった。そこに全局で統一されたこのシステムを導入することで、活動能力の低下を最小限に抑えることができる。

また、人事異動の際にも大きな効果を発揮した。メンバーが一新される毎年4月はどの部隊も消防力の低下が懸念される時期だが、その消防力の低下もこの消火システムの運用によって最小限に抑え込む効果がある。本運用後初めて訪れた今年4月、たくさんの職員から感謝の言葉を頂き、とても嬉しかった」

このようにして、平成28年からスタートした自由研究は、4年目にして消防局の消火システムとして開花した。さらに令和2年度の検証により、令和3年度からは一般建物火災だけでなく、山裾から出火した林野火災の初動活動にも適用されることになった。

【平面火災パターン/密集市街地対応・ホースカー無し元ホース100m延長例】
進化する「姫消式」消火戦術
元ホース4本以上5本以下の場合は、機関員がスカートボックスの元ホース2本を延長。隊員は元ホース(65mm)のホースバッグ(2本分)と予備のⅠ号バッグを携行。小隊長は小隊長セットを携行し自らも火点に向かってⅡ号バッグを延ばす。
進化する「姫消式」消火戦術
機関員が隊員のホースバッグの金具に接続。
進化する「姫消式」消火戦術
隊員は迅速かつ障害物に当てないように65mm2本分を延長。
進化する「姫消式」消火戦術
小隊長のⅡ号バッグの金具と連結させ、小隊長が火点に走る。
進化する「姫消式」消火戦術
分岐管からⅠ号バッグで狭所展開を実施。
車内活動
Case1:密集市街地対応(元ホース100m延長)

無線

消防指令センター
⇒飾磨管内、一般建物火災出動中の姫消各隊。現場、飾磨区○○の姫路方。…最先着予想、飾磨タンク。現場最高指揮者、飾磨指揮 森指揮隊長。以上姫消本部。

飾磨指揮
⇒姫消飾磨指揮1から姫消本部。本件火災活動方針、平面火災パターン適用。なお、先着ペアは末尾001の消火栓、後着ペアは末尾002の消火栓に部署せよ。以上。

進化する「姫消式」消火戦術
車内ではAVMスケールで現場までの距離測定
火災対応初期の、隊員の迷いによる立ち止まりをなくしたい。小隊長が、現場に着いてから考えて各隊員に指示を出すのではなく、全隊員が、指示がなくても動けるシステムが必要だ。この「現場活動を良くしたい」という職員の思いが組織を動かした。姫路市消防局のオリジナル消火戦術の特徴と、戦術誕生の軌跡を辿る。
写真◎森位敦樹 Jレスキュー2021年9月号掲載記事 (所属と役職は取材当時のもの)

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