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進化する「姫消式」消火戦術【前編】
火災対応初期の、隊員の迷いによる立ち止まりをなくしたい。小隊長が、現場に着いてから考えて各隊員に指示を出すのではなく、全隊員が、指示がなくても動けるシステムが必要だ。この「現場活動を良くしたい」という職員の思いが組織を動かした。姫路市消防局のオリジナル消火戦術の特徴と、戦術誕生の軌跡を辿る。
写真◎森位敦樹
Jレスキュー2021年9月号掲載記事
(所属と役職は取材当時のもの)
姫路市消防局の地域実情と消火戦術
出火報が入ってから、災害ごとに第一出場、第二出場に指定された隊すべてに瞬時に任務を割り振るのは、熟練の指揮隊であっても容易ではない。その課題を解消すべく、姫路市消防局に導入されているのが、「事前任務」方式である。(詳細は後述)。
この事前任務で、先着の2隊がペアを組んで直近部署、水利部署後の中継相掛り体制ができ、後着の2隊もペアを組み、立面火災パターンでは「梯子車ペア」が任務に基づいて延焼阻止を行うなどの活動がタイムロスすることなく展開される。
この火災対応をさらにスピーディにし、活動を強化するのが「姫消式消火システム」である。
まず、姫路市消防局は現在、再任用職員含め600人を超える人員と1本部5署2分署13出張所体制で地域住民約58万人の安全・安心に努めている。管轄区域の中心部は世界遺産・姫路城だけでなく、高層ビルや地下街を抱え、中心地から少し離れると住宅地が広がる。また北は山岳地帯、南は石油コンビナート地帯や海、また離島も管轄し、様々な特色がある。全国の同規模の消防本部と比較すると、職員数の割に署所数が多いのが姫路消防の大きな特徴であり、そのぶん各部隊の搭乗人数が限られる。そんな中で、効率的に活動するために作り出されたのが、活動の迷いをなくす「事前任務」と「姫消式消火システム」となる。

「事前任務」で何が変わるのか
「事前任務」は、既述のとおり出動途上に現場最高指揮者が2つのキーワード「平面火災パターン」「立面火災パターン」のいずれかを宣言することで、「各部隊が何をするか」がその時点で決定するというもの。建物火災に対して適用され、宣言が行われた後は各消火隊が出動指令段階での到着予想順位に基づき、事前に決められた活動を行う。「平面火災パターン」では、最先着予想の消火隊と第2着予想消火隊を「先着ペア」、第3着予想消火隊と第4着予想消火隊を「後着ペア」、第2出動した際の最先着予想の消火隊と第2着予想隊を「第2出動ペア」と定義し、それぞれのペアが、直近部署と中継相掛を行う(具体的な動きは図1参照)。
また、「立面火災パターン」では上記に加え、第5着予想消火隊と梯子車隊を「梯子車ペア」と定義し、それぞれのペアが直近部署と中継相掛を行うだけでなく、着順予想に応じた筒先部署位置や指定任務を行う。
このシステムが考案されたのは2018年(平成30年)4月。姫路消防は、現場活動のトップである指揮隊長全員に署と本部の警防課との兼務命令をかけ、「消防活動の指導」や「消防技術の研究」等の警防課の事務も分掌することで、現場での問題点等を早期に把握し、解決・是正する形を取っている。その指揮隊長が集う「指揮隊長会議」において、問題点を早期解決するために運用が決定された。これは、過去の災害において、災害点までの距離が短い場合や無線が不感の場合等において、任務指定のないまま現場到着したことにより初動対応への迷いが生じ、その結果、組織活動の展開が困難となった事案が発生したためだ。運用決定後、警防規程に紐付く「事前任務」のマニュアルを作成し、スピーディなトップダウンにより2カ月後の同年6月から運用が開始された。運用開始後も各事案の評定結果などを踏まえ、適宜改正が加えられて今の形が作り上げられている。
この事前任務の考案に携わった飾磨消防署・指揮隊主任の井上敬司消防司令補は、
「一番の特色は、令和2年度のマニュアル改正で行われた『ペアの再編禁止』である。指定任務は指令システムのコンピューターが災害現場までの距離に応じて算出する到着予想順位に基づき付加されるものであるため、実際の到着順位が異なる場合がある。このため、当初マニュアルではその都度現場でペアを再編し直すこともあったが、令和2年度からそれを撤廃し、出動指令段階で構成されたペア内での直近部署・中継相掛体制の運用を徹底することにした。ただし、ペア内における任務変更については相互の連携により行ってもよいことにし、とにかく出動指令段階において編成されたペアは原則崩さないということ。これは、過去の様々な事案からデータ抽出した結果、実際の到着順位が予想順位と違ったとしても、ペア再編をしなければいけないほどの大きな差異が出る状況が少なく、逆に出動指令時において編成されたペアを徹底することにより、迷いをさらになくし、組織的な活動を推進する形を取ることにした」と語る。
【姫路消防の消火体制】



・「到着予想順位」による各隊の指定任務は、実際の到着が異なっても「ペア」の変更はしない。
・「ペア」は、消火隊第1着と第2着を「先着ペア」、第3着と第4着を「後着ペア」とするなど呼称を付与し、原則組み替えは行わない。
姫消式は 「自由研究」からスタート
出動途上に現場最高指揮者の適用パターンの宣言により、各部隊が何をするかは決定されるが、それをどう実行するか? たとえば10階建てマンションの4階が出火点となった場合に、どうやって筒先を配備させるのか? 誰に何を持たせて、どんな動きをさせれば筒先を火点直近まで到達させられるのか? 短い出動時間の中で、その都度、建物構造や出火階から、誰がどの資機材を携行するか、どうやって延長するか等を瞬時に判断し的確に隊員に下命するのはどんなに熟練の小隊長でも容易ではない。その資機材選定と役割分担の煩雑さを解決するために作り出したのが「AVMスケール」と「小隊長セット」を軸にした姫消式消火システムである。(図解参照。詳しくは、Jレスキュー2019年1月号や、新・消火戦術ガイドブック収録)
このホース延長システムを考案した姫路市消防局飾磨消防署の森下真資小隊長は考案の背景を解説する。
「このシステムができた経緯は、指揮隊長会議でのトップダウンで運用開始に至った『事前任務』とは全く逆で、始まりは1小隊の取り組みから。きっかけは、平成28年に遡る。当時、私はどんなに訓練を積んだとしても、現場で多発する活動ミスに対して、今のやり方や訓練手法が正しいのか疑問を抱いていた。そして、その考えを当時の上司であった松田主任に打ち明けた。『僕はもう現場でミスしたくないです。もっと効率的でミスをなくす方法があると思うんで研究してみたいです』と。すると、松田主任も『僕もずっとそれでモヤモヤしてたんや。もっと良い方法あるか考えてやってみよか!』と言って下さった。この言葉をきっかけに、当時私達が所属していた姫路西消防署本署の警防第一担当の消火隊で新たなやり方を見つける『自由研究』のような取り組みが始まった。初めは新しい物を作り出すノウハウがなかったので、他の消防本部が編み出した新たなホース巻きや延長要領を調べ、試してみることから始めた。すると署の指揮隊や救助隊の方々も面白そうだと思ってくれたようで、一緒にいろんな研究を行う『仲間』になってくれた。そして、研究・検証を重ねるごとに自分達で考える力も身についていき、新たなホース巻きや考え方を生み出すことができるようになっていった」

【用語の定義】
先ホース:分岐金具から筒先までの間に延長される40mmホースまたは50mmホースのこと。
元ホース:車両の放水口から分岐金具までの間に延長される65mmホースのこと。
Ⅰ号バッグ:40mmホース1本を筒先に接続し、M巻きした後、専用ホースバッグに詰めたもの。
Ⅱ号バッグ:65mmホース1本を分岐金具に接続し、菊水折りした後、専用ホースバッグに詰めたもの。
スカートボックス:65mmホース2本を島田折で詰めているタンク車あるいはST車の側面下部のボックス。
小隊長セット:Ⅰ号バッグおよびⅡ号バッグの総称。小隊長が携行するもの。
AVMスケール:車載運用端末装置の地図画面に縮尺を合わせたスケール。
【基本の運用方式】
小隊長は原則的に「小隊長セット」を携行して火点直近まで向かい分岐位置を決定する。機関員と隊員は分岐位置まで元ホースの延長を実施する。


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狭所巻きからの脱却 既存のものにとらわれるな