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消防のためのダーティボム入門
―その歴史、検知から除染まで―
前編
セシウムというもの
多くの放射性同位元素の中でも、特にRDDに利用されやすいのでないかと警戒されているのがセシウムである。
セシウムは、ほとんどが塩化セシウムの形で使われているが、これは沈殿しやすいためである。塩化セシウムは大変微細で軽い粉末であり、粒子の大きさは平均で300マイクロメートル程度である。10マイクロメートル以下の分量は1%以下である。
RDDにおいては、爆発地点からほぼ300~600mに降着するが、少量はさらに遠くへ達し、それが1000km近く風下に及ぶこともあるという。
適切な風速(5~13km/h)があると放射性エアロゾルは広い地域に広がっていく。都市の複雑な風の流れから、汚染がどう流れるかを予測することは難しく、渦をまくことにより所々にホットスポットを形成する。この周囲の地域の放射能は、5~50マイクロキュリー/平方メートルのオーダーで、ホットスポットではこの数値が100~500に上がるだろう。ビルが負圧になっていると、窓やドアの隙間から放射性エアロゾルが入っていく。外部からの空気取り入れ口を経由して大規模ビルの内部汚染を拡大する。首都圏では、地下鉄が換気システムから入った放射性エアロゾルで汚染されるリスクもある。
セシウムは非常に水に溶けやすく、雨によりコンクリートやレンガ壁に吸い込まれていく。その際に5cm程度まで簡単に潜ってしまい、表面を除染したとしても放射能は内部に残ることになる。同じことは、福島原発の際に東京付近に飛来したセシウムに関しても起こっていた。大病院や各種の研究機関で1000キュリー程度のセシウム線源を保有しているところは普通にあるため、そのセキュリティ対策や内部脅威のためのシステムが問われるところである。
なお、米国ではユタ州ソルトレイクシティ南西にあるダグウェイ実験場(Dugway Proving Ground:DPG)の中に、巨大テント内で実際にダーティボムを爆発させてさまざまな検証実験ができる施設が存在する。また、大規模港湾の入り口には高感度の放射線検知システムが設置されており、常に核物質とRDDを見張っている。横浜も含めた世界の主要港湾にも、同様のシステムがある(メガポート構想)。また、政府の主要施設、ビルやその周辺道路には放射線センサーが配置され、RDDへの警戒がなされている。これが、世界の常識である。
意外に多い未遂例
1993年以降、IAEAの事例追跡データベース(incident and tracking database:ITDB)には、実に4075件もの関連事件が記録されている。
その中には、核物質から放射性同位元素、放射能汚染物質まで幅広いケースがある。その大半は放射性物質に関するものであり、なかでも違法な売買や悪意ある利用に関するものが344件あった。2023年に記録された当該事案は146件もあったが、そのうち、真に悪質と見られるものは5件のみであった。このところ、RDD関連事案が劇的に増加しているわけではないが、未遂事案の割合は核や放射性物質が絡むもので増加していることに注意が必要であろう。
歴史的にみれば、チェチェンの反政府勢力がセシウム入りの容器をロシア国内のモスクワの公園に置いたり、鉄道近くに置いたりといった事件が1998年に起きている。また、2002年6月にはアルカイダと関係するアメリカ人が、シカゴのオヘア空港でダーティボムを設計し都市で爆発させようとしたとして捕まっている。2003年1月にアフガニスタンのヘラットで押収されたアルカイダの文書には、彼らがダーティボムを成功裏に製造したことが記されていた。さらに、2009年1月には、FBIがある米国人からウランやトリウムなどのRDD物質を押収した。彼は白人至上主義者であり、彼が殺害された後の自宅から見つかったものである。2017年には現地のイスラム過激派と関係のあるインドネシア人が製造したとみられるトリウム入り圧力鍋爆弾が見つかっている。2021年9月には、北フランスに住む学生が、極右勢力と関係を持ち、酸化ウラニウムをネットで購入して4個のRDDを自作していた。
RDDだけでなく、放射性物質を暗殺につかうことも排除できない。唯一の例ではあるが、2006年11月には、ロシアからイギリスに亡命した元KGBのアレクサンドル・リトビネンコがポロニウム210で殺害されている。
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RDDの毒性について