消防のための「CRM」第3回 <br>「コミュニケーション」と「チーム形成・維持」

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消防のための「CRM」第3回
「コミュニケーション」と「チーム形成・維持」

「コミュニケーション」と「チーム形成・維持」

Jレスキュー2022年11月号掲載記事

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前回(第2回)の記事はコチラ

消防業界におけるこれからの安全管理「CRM」

航空業界で生まれたこの安全マネジメントの概念は確実に今後の消防業界の安全管理に影響を及ぼします。第3回目の今回は、「コミュニケーション」と「チーム形成・維持」についてです。

前回の「意思決定」では、「正常性バイアス」や「確証バイアス」などの数多くある「思考の偏り(バイアス)」についてお伝えし、さらにはこのバイアスの罠にハマらないように、常に意識しながら現場活動や日頃の訓練を実施する必要性をお伝えしました。また、「ワークロード・マネジメント」では、隊員一人ひとりの作業量が嵩むことによってミスを犯しやすい環境になるため、4つの局面からこのワークロードを高める要因に注目し、作業量を適切にコントロールすることにより、安全性を高める必要性を紹介しました。

では、「意思決定」「ワークロード・マネジメント」を踏まえ、どのようなコミュニケーションをとることにより、安全性の高い活動ができるのでしょうか?

適切に伝える、適切に受け取る「コミュニケーション」

皆さんは、自隊の中でどのようなコミュニケーションを心がけていますでしょうか? 現場活動時のミスの中で一番多いのがコミュニケーションミスになります。このコミュニケーションミスを抑えることにより、チーム内での安全性は大幅に高まります。

「メラビアンの法則」をご存じですか? これはコミュニケーションに影響する言語・聴覚・視覚情報の影響を表した心理学の法則です。人間は人とコミュニケーションをとる時に、単純に言葉だけでやりとりをしているわけではありません。言語要素、聴覚要素、視覚要素の3つの情報から相手を判断してコミュニケーションをとっています。これら3つの情報が相手に与える影響の割合は、

言語要素:7%
聴覚要素:38%
視覚要素:55%

です。つまり、コミュニケーションをとる際にどんな言葉で伝えようとするかを意識するよりも、ジェスチャーや表情、声のトーンといった非言語要素を工夫する方が伝わりやすさは大きく変わるということです。

現場活動等では、天候や活動時間帯、騒音の中などコミュニケーションを阻む要素はたくさん存在します。私たちはこのメラビアンの法則も踏まえながら、「どのようにすれば正しく伝わるのか」ということを意識しながらコミュニケーションをとる必要があります。

それでは、適切なコミュニケーションを実施するために、どのような方法があるのでしょうか? 今回は、①ブリーフィング、②2Wayコミュニケーション、③アサーションの3つをご紹介します。

消防のための「CRM」
【図1】メラビアンの法則
①ブリーフィング

航空業界では、フライトする前に必ずブリーフィングというミーティングに満たない打ち合わせを行います。これは、今自分たちを取り巻いている状況や、何をしなければならないのかという情報を関係クルー全員で確認し合い、前提を揃えておくという狙いがあります。前回記事の「ワークロード・マネジメント」のコンテンツ内にワークロードを高める要因として「段取りの悪さの影響」というものがありました。ブリーフィングによる共通認識のもとで現場活動に入るということは、活動の効率化、そして安全活動には欠かすことのできない部分になります。

②2Wayコミュニケーション

2Wayコミュニケーションとは、情報の送り手と情報の受け手が相互間に情報をキャッチボールする双方向のコミュニケーションのことを言います。消防業界では、隊員が活動中に指示を受けた際の返答は基本的に「よし!」です。しかし、指示を送った側からすれば、この「よし!」だけでは本当に指示した内容を認識して作業を行おうとしているかどうかが分からない部分があります。相互間において復唱し合いながら確認を行うことは、内容のすり合わせができるため、認識違いを大幅に軽減させることができます。

消防のための「CRM」
【図2】2Wayコミュニケーション
③アサーション

アサーションとは、アサーティブコミュニケーションの略で、コミュニケーション上の安全性を確保するために、送り手側は何か疑問を持ったり問題を認識した際に躊躇なく発言するスキルです。対する受け手側に関しては、送り手の発言を適切に受け取るスキルになります。送り手に関しては、限られた時間の中でどのように伝えれば適切に伝わるのかという部分を意識する必要があります。「気づいていたのにあえて言わなかった、言えなかった」という部分から実際にミスや事故が多々起こっています。安全性を高めるために、躊躇なく発言するという事はとても重要になりますし、対する受け手に関しては、送り手が勇気を振り絞って発言したことに関して、適切に受け取って答えるということが必要になります。チーム全体の安全性を考えるのであれば、チームの安全の責任者である隊長も、見えない部分もありますし、「状況認識」からも分かるようにミスも起こします。躊躇なく発言できる環境、そしてそれを適切に受け取れる環境があれば、おのずと安全性は向上します。

消防のための「CRM」
【図3】アサーション
「チーム形成・維持」

42倍

この数字がどんな数字か分かりますか? この数字はチームの中に「心理的安全性」が備わっているかどうかで事故率が42倍も違うという数字になります。慶應義塾大学の安全管理に関する研究をされている教授により、全く同じ法律の下、全く同じやり方をしているのにチーム内に心理的安全性が有るか無いかによって、事故率が42倍も違うという研究結果が発表されました。

心理的安全性とは、「チーム内の他のメンバーが自分の発言を拒絶したり、罰したりしないと確信できる状態」のことです。活動方針等の最終的な決定権はあくまでも責任者である隊長が握っていますが、そこに至るまでの過程の中で、安全性を高めるため、今よりもチーム状態がもっと向上していくために、いろんな発言ができるチームというのが安全性の高いチームと言えます。

適切な権威勾配

階級社会、縦社会の我々消防業界では、現場活動での適切な活動を実施するため、しっかりとした指揮命令系統が必要になります。しかし、この指揮命令に関しても、チーム内あるいは組織内で適切な関係性を形成・維持できていなければ成り立ちません。【図4】の中央は、傾きが急すぎて進言できない状態。右は傾きが平坦で、ものの見過ごしや傷のなめ合いが起こるような状態になります。チーム内の関係性を急過ぎず、緩やか過ぎず、チーム全体で意識的に適切な権威勾配を形成・維持することにより、チーム内に相乗効果が生まれ、安全性の高いチームを作っていくことができます。

現代の複雑・多様化し、状況変化の激しい現場で、隊活動そして組織活動として安全性を高めていくためには、トップダウンだけでは決して安全性を確保することはできません。そこには、これまでに紹介した5つのCRMスキルが必要であり、人間の認識能力の限界であったり、人間の脳の特性、コミュニケーションの難しさ、チーム環境といった、いわば「人的要因」が複雑に絡んでいます。この人的要因をマネジメントしていくためには、ノンテクニカルスキルの部分にもっと注目して安全管理を考えていく必要があります。

次回は5つのCRMスキルを踏まえた上で、いよいよ具体的なリスクマネジメント方法に入っていきます。

消防のための「CRM」
【図4】適切な権威勾配
上樂 航

上樂 航富山県東部消防組合消防本部

富山県出身、昭和62年12月23日生
平成22年4月 魚津市消防本部消防吏員拝命 救助隊兼消防隊
平成25年4月 富山県東部消防組合魚津消防署 救急隊
平成28年4月 富山県東部消防組合魚津消防署 特別救助隊兼消防隊
平成29年4月 富山県消防防災航空隊派遣
令和2年4月 富山県東部消防組合魚津消防署 特別救助隊兼消防隊
令和4年4月 富山県東部消防組合消防本部 消防隊兼救急隊

上樂氏のInstagram

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CRMを含む安全管理に関して、消防学校での講義やオンライン等を通しての職場研修会や個人的な勉強会を開催しております。令和4年6月現在、120回を超えるオンライン勉強会を開催し、4000名を超える消防職員の方にご参加いただきました。気になる方はお気軽にお問合せください。

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「コミュニケーション」と「チーム形成・維持」
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