
Special
消防のための「CRM」―Crew Resource Management― 第1回
状況認識
まず、第1回目は「状況認識」からです。
「人間は一つのことにしか注意を向けられない」と言われています。これは人間の脳の特性です。現場等で状況の認識を適切に行うためには、「ヒューマンファクターズ」という人間の心理特性や脳の限界を知る必要があります。ヒューマンファクターズとは、簡潔に言うと、自分を取り巻く周りの環境と自分自身をどう上手く繋ぎ合わせるかを科学する分野になります。それが「SHELモデル」というモデルで表されています(【図1】参照)。そして、この繋ぎ合わせの邪魔をするのがヒューマンエラーになります。

では、なぜ人間はエラーする(間違う・失敗する)のでしょうか?
その一つは脳の特性にあります。脳科学では、人間の脳は情報処理のチャンネルを一つしかもっていないと言われています。少量の情報であれば、チャンネルの切り替えが上手くできるため、情報をスムーズに処理できますが、一気にいろんな情報が入って来ることにより、情報を処理しきれず、一部が無視される形となってエラーを起こしてしまいます。つまり、人間はどんなに頑張ってもエラーをします。そしてそれが見過ごされることにより事故は発生します。

また、経験によってもエラーの傾向が違います。
皆さんは「ナレッジベース」「ルールベース」「スキルベース」という言葉を聞いたことがありますでしょうか? 簡潔に言うと、「ナレッジベース(初心者)」「ルールベース(ある程度経験を積んだ人)」「スキルベース(かなり経験を積んでいる人)」という位置づけです。例えば1年目と10年目の隊員がいたとします。ここに4つの質問を投げかけた時、皆さんならどちらに振り分けますか?
「判断が早いのは?」「動作がすばやいのは?」「失敗が多いのは?」「大きな事故を起こすのは?」
いかがでしょうか。ナレッジベースの方の特徴としては、「物事の認知から行動までに時間がかかる」「スムーズさに欠ける」「小さなミスが多い」という傾向があります。
ルールベースの方の特徴としては、「動作はスムーズになるが、プレッシャーをかけられるとミスが目立つ」「省略行動や近道行動をしようとするとミスが目立つ」という傾向があります。
スキルベースの方の特徴としては、「無意識で行動でき、行動が早い、動きもスマート」「思わぬ重大事故を起こす」という傾向があります。


ではどうすればエラーを避けられるのでしょうか?
人間がエラーしてしまうことは避けられないため、根本的にエラーしないような環境を整える、もしくはエラーしても事故に繋がらないような対策を立てるというこの2つしかありません。
根本的にエラーしないような環境を整えるためには、「(○○し)にくい」をなくすことが必要だとされています。見にくいボタン配列、覚えにくいマニュアル、分かりにくい説明…等、常にエラーが起こらない状況を作るように心がけることが必要です。

本連載は、このような形で消防業界の安全管理を人的要因の観点から見つめ直し、今後の安全管理につなげていこうというシリーズです。
次回は、「意思決定」と「ワークロード・マネジメント」をお伝えします。

上樂 航富山県東部消防組合消防本部
富山県出身、昭和62年12月23日生
平成22年4月 魚津市消防本部消防吏員拝命 救助隊兼消防隊
平成25年4月 富山県東部消防組合魚津消防署 救急隊
平成28年4月 富山県東部消防組合魚津消防署 特別救助隊兼消防隊
平成29年4月 富山県消防防災航空隊派遣
令和2年4月 富山県東部消防組合魚津消防署 特別救助隊兼消防隊
令和4年4月 富山県東部消防組合消防本部 消防隊兼救急隊

上樂氏のInstagram
CRMを含む安全管理に関して、消防学校での講義やオンライン等を通しての職場研修会や個人的な勉強会を開催しております。令和4年6月現在、120回を超えるオンライン勉強会を開催し、4000名を超える消防職員の方にご参加いただきました。気になる方はお気軽にお問合せください。
