穂積勇基
横浜市港北消防署 消防士長
Interview
はしご機関を極めた男、穂積勇基
機関員教育を語る 【横浜市消防局】
どこに部署させるか判断する力をつける
はしご車は、まず車両部署ができなければはしごが架梯できないが、現着と同時に部署できるものでもない。「車体安定」が架梯の可否を左右するので、現場では地盤強度、傾斜、アウトリガ張り出し幅、空中障害、作業可能範囲、梯体取り回し方向、バスケット架梯位置、要救助者救出スペース等の条件を瞬時に判断することが求められる。要救助者がいる場合は救助後の作業スペースを確保し、低層階火災ならば逆に建物と距離をとることも必要だ。その判断力を養う助けになっているのが日頃の隊員間での意見交換だ。帰投時など普段の会話の中で車体安定から収納操作までの操法イメージを作り、部隊で合図を統一するなどして迅速的確な活動ができるように取り組んでいる。
正確にはしごを伸梯させるための深視力
はしご機関員には、はしご車の作業半径を見ただけで正確に計測できる深視力(遠近感や立体感を把握する能力)を養うトレーニングも必要だ。はしごが確実に届かなければ、高価な車もただの大箱だ。この感覚は建物がある場所と何もない原っぱではかなり狂いが生じるので、いろいろな場所で練習し、現場でぶれない感覚を身につけておきたい。ただし、自らの感覚磨きにも限界はある。たとえば35メートル先の1センチメートルを自分の感覚だけで操作する深視力を養うのは難しい。それをカバーするのはチームワークで、日頃から隊員間で感覚を合わせ、共有できる隊員を育てておく必要がある。より多くの目で安全管理や誘導を行えるチーム作りは、個人の技術向上以上に大切とも言える。
車両のメンテナンスに関しては、横浜市消防局は毎日の日常点検、梯体の定期的なグリスアップ、月1回の細かい動作確認、年1回のメーカー点検を行っている。はしごは人の命を左右するものなので、毎朝の点検では必ず梯体を動かして音や動きを確認し、1本のネジ、1滴のオイルを見逃すことのないようにしているという。
全体が見え冷静な判断力を持つ人間をつくる
梯体の操縦技術は、より多くの時間をかけ、自隊が運用するはしご車の癖をつかむことが大切だ。横浜市消防局のはしご機関員養成研修では深視力の曖昧さを理解し、それをカバーする誘導員や微速動作をコントロールするレバー操作を重点に訓練を行っている。横浜市のはしご機関員養成についての説明を、穂積はこう結んだ。
「火災においてはしご車が活躍するような現場はめったにない。そのような現場は消防力が災害に負けている状況であり、その最後の砦としてはしご車がある。したがって、はしご車に乗る人間は、最も全体が見えている人間でなければならない。はしご機関員養成科で追い込んだ訓練を行うのはそのためで、どんな状況でも冷静に判断できるはしご機関員を育てなければならない。はしご操作は個々のセンスがものを言う部分もあるが、研修では全員に〈焦る気持ち〉を抑えられる強い心を養わせたいと思う」
ヒヤリハットから学ぶものを大事にする
最後に、穂積が普段から心がけていることについて聞いた。
「私は特別なことをするのではなく、ABC(あたりまえのことを・バカにしないで・ちゃんとやる)を肝に銘じ、他の模範となるような行動を心がけている。はしごの師匠からは、搭乗員を育てることがすべての技術を上回ると教わった。たとえば濃煙の中で架梯するには、搭乗員の誘導が架梯の成否を左右することになる。そこで、目をつむって搭乗員の誘導のみで架梯できるようになるよう訓練を繰り返し実施した。機関員として14年、今まで走行や梯体操作でのヒヤリハットは数多くあったが、その経験から安全確実な操作をすることが職務遂行に一番の最短距離であることに気づかされた。数多くのヒヤリハットを何事もなくてよかったとやり過ごすことなく、部隊全員で共有して次の活動や事故防止に活かすようにしている」
緊急走行
梯体の架梯と屋内進入
手信号とレバー操作
穂積勇基横浜市港北消防署 消防士長
平成12年拝命、平成16年に機関資格取得。平成22年にはしご機関員資格を取得し、平成24年からはしご隊の正機関員として乗務。平成28年に機関員養成指導者資格を取得し、平成29年からは「はしご機関員養成科」の助教として、はしご機関員養成教育に携わる。