「隊長のリーダーシップ」インタビュー05 <br>松原泰孝

松原泰孝 Yasutaka Matsubara

Yasutaka Matsubara 陸上自衛隊 中央特殊武器防護隊 隊長 1等陸佐 博士(材料科学)

Interview

「隊長のリーダーシップ」インタビュー05
松原泰孝

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有事に真価を発揮する、尊敬すべき先輩の背中

松原隊長がもっとも影響を受けた方、理想の隊長像について伺った。

「軍事界では名の知れた、番匠幸一郎さんです。3.11福島第一原発事故時、防衛部長であった番匠氏に部下として仕えていた私は、横田基地に一緒に赴き、その時の番匠氏の振る舞い、米軍担当者とのやり取りの一部始終を間近にみて、その凄さを目の当たりにした。当時、米軍は原発事故に対して発信される情報の少なさから、日本の対応に懐疑心を抱いていてピリピリしていた。そのような状況下でありながら、番匠氏が米軍担当官の部屋に入った瞬間に、「おお番匠、お前が来てくれたならもう大丈夫だな、俺たちで頑張ろう!」とその場の雰囲気を一瞬にして変えた。そこには、事故以前に構築されていた担当官同士の信頼関係があったし、やはりオーラがある方だった。その番匠氏が、『問題は、解決してほしい人の前に現れるのだよ』と常々言っていた。それは、自分が問題を受け取ったら逃げずに取り組めということで、その言葉を糧に自分も前向きに取り組めた」

その番匠氏も、厳しい目をしていながら常に笑顔でいる、柔らかい雰囲気の方であった。日本の危機に直面して「お前がいれば大丈夫」と言わせる、リーダーとはそういう存在であるべきだと感じさせられたという。

「隊長のリーダーシップ」インタビュー05 松原泰孝
2012年5月、訓練参加中の松原隊長。
新時代の有事のリーダーシップとは

リーダーのあり方も時代の変化に合わせていかなければならない。現代の、有事に対応するリーダーに求められていることは何だろうか――。

「今の時代は『判断力』なのではないかと思う。状況の進展速度が速いなかで、その瞬間、その場で判断する能力がとても大事だと思う。なおかつ、それを冷静に遂行すること。自衛隊のような組織では、ややもすると日本人の大和魂、自己犠牲が美徳とされる部分があるかもしれないが、私は、そこは冷静に判断すべきであると考えている。しかも速く回す。情報が少ない中でやらなければならないので、実際にやるのは難しい。しかも、その場にある情報はわずかという初期段階なので状況分析はできない。どうするのかといえば、過去の似た状況を組み合わせて判断するしかない。だから部下には、いろんな経験をして自分の引き出しを増やせと言っている。変化の激しい現代では、専門外だから知らないとは言っていられない。想像力を働かせて判断できるようになるためには知識が大事で、化学だけに限らず幅広く関心を持つことも大事である。そして、けっして慌てないこと。有事の時に指揮官が慌てたり大きな声を出せば部隊が冷静でいられない。逆に指揮官が、どんな時も落ち着いて安定的なら部隊も落ち着いている」

今、中央特殊武器防護隊も大きく変わろうとしている。空中機動能力を向上させるため、ヘリコプターと一緒に訓練もし、リペリング(ヘリからロープを使って降下)の技術も磨いている。米軍の化学対処専門部隊であるCBIRF(ワシントンDC)へと若手を研修させ学んでいるが、ゆくゆくは共同訓練も行われるかもしれない。そして中特防だけでなく爆発物対処、救護を一体としたCBRNレスキュー構想は着々と進んでいる。

「隊長のリーダーシップ」インタビュー05 松原泰孝
防衛大学校の学生だった松原隊長。(写真/陸上自衛隊提供)
「隊長のリーダーシップ」インタビュー05 松原泰孝
机上訓練において指揮を執る松原隊長。(写真/陸上自衛隊提供)
「隊長のリーダーシップ」インタビュー05 松原泰孝
桜の舞う大宮駐屯地を行進する中央特殊武器防護隊。先頭は松原隊長。(写真/陸上自衛隊提供)
「隊長のリーダーシップ」インタビュー05 松原泰孝
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松原泰孝

松原泰孝陸上自衛隊 中央特殊武器防護隊 隊長 1等陸佐 博士(材料科学)

1973年(昭和48年)生まれ。1997年(平成9年)防衛大学校、応用化学科卒業。最初の勤務地は留萌駐屯地(北海道)の第26普通科連隊。そこで小銃小隊長を経験した後、北陸先端科学技術大学院大学(金沢)で博士課程修了。帰任後は技術高級課程へと進み、技術研究本部でNBC偵察車を開発。第1特殊武器防護隊で隊長を務めた後、防衛装備庁で水陸両用車AAV7のプロジェクトマネージャーとして導入に携わり、2019年(令和元年)に中央特殊武器防護隊隊長に就任。

化学部隊の最高峰といえる陸上自衛隊・中央特殊武器防護隊。ここもまた、消防、警察と同様、国内で発生するかもしれないCBRNテロ災害に備えている部隊の一つである。加えて、消防、警察以上に階級社会である自衛隊における、有事に対処するためのリーダーシップとは何か――。部隊改革を推進させている松原隊長に、その極意を聴いた。
写真・文◎菊池雅之(特記を除く) Jレスキュー2022年3月号掲載記事 階級・所属は取材当時のもの

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