
松原泰孝 Yasutaka Matsubara
Yasutaka Matsubara 陸上自衛隊 中央特殊武器防護隊 隊長 1等陸佐 博士(材料科学)
Interview
「隊長のリーダーシップ」インタビュー05
松原泰孝
化学部隊の最高峰といえる陸上自衛隊・中央特殊武器防護隊。ここもまた、消防、警察と同様、国内で発生するかもしれないCBRNテロ災害に備えている部隊の一つである。加えて、消防、警察以上に階級社会である自衛隊における、有事に対処するためのリーダーシップとは何か――。部隊改革を推進させている松原隊長に、その極意を聴いた。
写真・文◎菊池雅之(特記を除く)
Jレスキュー2022年3月号掲載記事
階級・所属は取材当時のもの
信頼関係の醸成の第一歩は「笑顔」
部下のアイデアは受け入れ、認め、徹底的に褒めよ
陸上自衛隊中央特殊武器防護隊は
日本最大のCBRNE危機に対処する部隊
埼玉県最大のターミナル駅である大宮駅の喧騒を離れ、住宅街を抜けた先にある陸上自衛隊の大宮駐屯地。ここにCBRN兵器に対処可能な人材と装備・資機材を有する中央特殊武器防護隊がある。その隊長を務めるのが松原泰孝1等陸佐だ。
中央特殊武器防護隊、通称:中特防は、陸上総隊という陸上自衛隊を束ねる中央組織の隷下部隊という、陸上自衛隊の中でも極めて特徴的な部隊である。中特防に期待されているのは、全国で起こり得るCBRN事態に即応すること。対応地域は限定されておらず、日本中どこへでも行って対処しなければならない。そのために、他の化学科部隊にはない機能や装備品が充足されている。防衛省自衛隊の中で唯一無二の機能が発揮できる部隊だ。
中特防の過去の主な対処事態に、東日本大震災福島第一原発事故がある。原発事故発生当時、陸上幕僚監部の幕僚であった松原は、アメリカ本土から米軍の化学科部隊「CBIRF/シーバーフ」が初めて来日した際にLO(リエゾン・オフィサー)として約2カ月間、米軍と陸上自衛隊の調整役を担い、シーバーフの演習も企画。同隊の救命を視野に入れた機動的なオペレーションを目の当たりにした。
自衛隊の本来業務は防衛であり、他の部隊の機能を復帰させることだ。人命救助を主とした体制はこれまで考えられておらず、防衛の延長線上で対応できると考えられてきていたが、シーバーフのオペレーションを見た時に、松原は「これからの化学科は偵察と除染だけではだめだ、国家の危機の時に国民を救出できることが求められている」と確信した。

隊長と隊員は上下関係でなく前後関係であるべき
2019年(令和元年)3月23日、中央特殊武器防護隊隊長に着任した松原は次の言葉を部下に発した。
『CBRN対処の先駆者たれ』
「自衛隊組織内では、全国の化学科部隊の先頭に立つ中枢部隊であり、警察や消防にもCBRN対処部隊はあるが、組織規模は我々中特防が1番大きく、新しい装備なども備えている。隊員らは当然のことながら、国家の危機レベルのCBRN事案には、先頭に立って対処していかなければならないという気概を持っている。けれども、現代は時代の流れが急速で、今後もAIやドローンなど先端技術はどんどん発展していく。CBRNに関わる我々もそこに必死で付いていかなくては、あっという間に対応できなくなってしまう。他の化学科部隊に知識・技術を普及させていくという役割を帯びている以上、現状に甘んじているわけにはいかない。積極的に前へ出て、もっと先を見通した行動をとらなくてはならない」
さらに、隊員に向けての具体的な要望事項を3つ示した。
「笑顔」
「もっと良くなる方法を考える」
「非戦闘損耗をなくす」
一人ひとりが笑顔で勤務し、笑顔であいさつすることで、勤務環境、仲間の関係をより円滑にするという簡単なものだ。
「特に40代になるとだんだん眉間に皺が寄ってくるから(笑)、意識して笑顔を作り、自分から『おはよう!』と声をかけよう、と。我々の組織には階級の壁があるので、上から先に声をかけることも忘れてはいけない。毎日声をかければ部下のその日のコンディションも分かってくる。相手のことが分かって初めて信頼関係が築ける。私は、リーダーシップにとって何よりも大事なのは『信頼関係の醸成』であると考える。部下と心で繋がっていなければ絶対に付いてきてくれない。それには、口先だけでなく、自分が率先して動くこと。まさしく率先垂範だ。上司と部下を表す“上下関係”という日本語があるが、私は“前後関係”であると思う。リーダーこそ部下よりも前に出て、盾になり進んでいく。その姿を見た部下は、勇気をもって一緒に進んでいく。そういう姿勢を貫くことが大事であるに違いない」

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自分で考えたことは受け入れ、褒めて、採用する