「隊長のリーダーシップ」インタビュー04 <br>川田恵一

Interview

「隊長のリーダーシップ」インタビュー04
川田恵一

消防署の現場最高責任者である消防署長。すべての指揮命令系統を司り、素早い判断力と決断力が求められる。消防署長としての「責任」とは、「リーダーシップ」とは何か。失敗から学んだ豊富な経験と、消防士としてぶれない気持ちを持つ川田は、いつしか人の心を動かすカリスマ消防署長へと成長した。

写真・文◎鼠入昌史(特記を除く)
Jレスキュー2022年3月号掲載記事
階級・所属は取材当時のもの

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現場主義消防士として、ぶれずにやって見せる

自分でやってみせる

「署長になると制服を着ている人も多いと思うけどね、私はいつもこれ。すぐに動けるように、現場に行けるように、ってね」

石橋地区消防組合石橋消防署の川田恵一署長は、言葉通りにブルーの活動服に身を包んで現れた。徹底した現場主義、そして率先垂範。

「書類決裁の仕事も多いので、署長室にこもってそれをしていてもいいと思う。そういう署長もいますよね。でも、私はそれができない。現場にももちろん足を運んで指揮を執るし、訓練場で訓練をしているなあと思ったらよく激励に足を運んで。仕事の指示もするし、気がついたことがあれば指導することもある。他の地域で大きな事故や火災があったら隊員にも『ウチでもあり得るからよく勉強しておけよ』と言ったり。だから、署長は細かいやつだなあと思われているんじゃないかな(笑)」

消防士として豊富な経験を積んで実績を残し、人格も優れていると判断されて就任する“署長”という職。消防署を預かるリーダーであることは間違いないが、裏を返せば絶えず現場に足を運ぶ必要はない。部下からの報告を受けて署内がうまく回っているかどうかを把握し、必要に応じて適宜指示を下す。そして何かあれば責任をとる。それが署のリーダーとしての最大の役割だ。

だが、川田はいう。

責任をとるのは当たり前、その前に責任をとらなければならない何かが起こらないようにするのが本当の責任を果たすことだと。

「だからこと細かく指示することもある。朝、次席から報告を受けるが、そのときに気になることがあったら細かく聞く。たとえば、資機材が壊れたという報告を受けたら、どのように壊れたのかを聞く。次席が『○○だと聞きました』と言ったとしたら、それは報告になっていない。自分で見て報告したわけじゃないから。だから、見てくるように指示するし、必要があれば自分でも見に行く。細かすぎるかもしれないが、そういう積み重ねで“何か”を防ぐことができる。そう思っている」

平時は消防署内で訓練をしたり、事務仕事をしたりしている若い隊員たち。ときには息抜きに雑談をすることもある。そこに“危険”はほとんど存在しない。しかし、ひとたび出動要請がかかればその瞬間から危険が発生する。消防士はそういう仕事だ。だからこそ、細かく指示をする。それが署長としての責任だと、川田は考えているのだ。

「法律的には署長は現場の最高責任者という位置づけ。ということは、安全管理、隊員の安全を守るのは私の責任となる。隊員が怪我してもいいから住民を助ける、ではダメ。隊員たちみんな、怪我なく家族の元に笑顔で帰ってほしい。だから、そのために責任を果たす。現場だけでなく、普段から細かく指示をしたり報告を求めるのは、そのためなのだ」

部下の状況を把握し、的確に指示を下す。そのために自らにもたゆまぬ努力を課す。川田にとってのリーダーシップとは、「自分でやってみせる」ことにあるという。だからやってみせることができないことは指示しない。そして自らを追い込むように学び続けているのだ。

「隊長のリーダーシップ」インタビュー04 川田恵一
住民との距離感を大切にする川田署長は、訪れる見学者を快く迎えてくれる。消防という職業が好きだからこそ、子供たちの憧れる職業となってほしいと願う。
失敗談は隠すことなく伝える

もちろん、厳しい指示を下すばかりではない。隊員たちの性格を把握し、それに合わせた対応をすることもリーダーの務めだ。

「署内で事務仕事をしているときにはおとなしいなあと思っても、訓練になったら人が変わるように必死にやる隊員もいるし、その逆もいる。1を指示したら5ができる隊員もいれば、5を指示しても1しかできない隊員もいる。それを把握しておかなければ指示はできない。だから、毎日すべての隊員と、ほんとに数分くらいであっても会話をするように心がけている」

会話の中身は多岐にわたる。訓練でよくできていたところを褒める、注意点を伝える、はたまた夕食のメニューに関する雑談をする。

「ウチには21人の隊員が宿直するので、夕飯には若い隊員が食事を作る。夕方になると頭を悩ませていてね。それで、『カレーにするならこま切れ肉よりブロックの方がみんな喜ぶぞ』なんて言ったりね(笑)。そういうコミュニケーションもよくしているよ」

そして川田が何より意識しているのは、失敗談を話すことだという。

特別救助隊や航空隊で活躍し、東日本大震災では小隊長として岩手県内で捜索救助活動にも従事した。33年間の消防生活の大半を救助の現場に身を置いたプロフェッショナル。そんな川田に対し、若い隊員は畏敬の念を抱く。しかし、だからこそ失敗した経験を話すことに意義がある。

「部下には『署長も失敗したんですか?』なんて言われるけどね、振り返ってみると失敗だらけよ。今も昔も。でも、失敗から学ぶことの方が多い。失敗した経験を話すことで、同じ失敗をしないで学んでくれればいちばん良いじゃないかな」

たとえば、若い頃にこんなことがあった。火災現場で何気なく壁に背を向けてホースを引っ張った。すると、もろくなった壁が倒れてきて下敷きになった。運良く怪我はなく活動を続けられたが、一歩間違えれば大きな怪我をする“失敗”だった。それ以降、現場では絶対に壁に背を向けないことを強く意識するようになったという。

また、川田が先輩消防士とともに残火処理をしていたときに屋根が崩れて先輩消防士が負傷したこともあった。2人が残火処理をしているのを知らずに別の位置から屋根に放水したのが原因だった。現場で連携が取れていれば防げた失敗だったのだ。

こうした経験を隠すことなく伝えることで、若い消防士たちの成長を促しているというわけだ。

「失敗したことってあまり言いたくはないんだけどね。言わない人の方が多いんじゃないかな(笑)。それで良かったのかなあと振り返ることも多いし、今でも失敗することはたくさんある。でもそれを話していかないと」

「隊長のリーダーシップ」インタビュー04 川田恵一
朝に部下から報告を受ける。変わったことや問題があれば、必要に応じて自ら確認に赴くようにしている。そうした中での気づきを大切にしている。
「隊長のリーダーシップ」インタビュー04 川田恵一
1998年(平成10年)、栃木県消防防災航空隊へ派遣。平成9年に発足したばかりの航空隊では知識と技術が試され、平成10年に発生した「那須水害」など多くの災害現場で活動を行い、経験を積んだ。(写真/石橋地区消防組合提供)

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