佐伯 なぎさ Saeki Nagisa
Saeki Nagisa 白山野々市広域消防本部 松任消防署 消防士長
Interview
「内面から魅力的な存在にならねば」
挑戦5度で掴んだ「天職」で誓う
白山野々市広域消防本部の紅一点、佐伯なぎさは、消防士だった父を通して消防士という存在にあこがれ、5度目の挑戦でその職を掴む。
まだまだ男の仕事という印象が強い消防士だが、女性ならではのしなやかさで我が道をいく彼女の軌跡をたどる。
Jレスキュー2018年7月号掲載記事
「私も将来、こんな隊長になりたい」
佐伯が救急隊員になったばかりの頃、男性がランニング中に倒れ、意識がないとの救急要請が入った。
現場に急行する途中、隊長が、
「スイッチ入れていくぞ!」
と車内で活を入れる。
CPAで緊急を要する現場と想定し、『急ぐぞ!』と隊全員に周知するためだ。男性に接触し、CPAを確認。佐伯は直ちに胸骨圧迫を開始した。
AEDの解析が始まり…、ショック適用のメッセージ…。
「なぎさ! 押せ!!」
隊長からの指示でショックボタンを押し、再度、胸骨圧迫を開始する。車内収容した際には橈骨で脈が触れるようになり、「心拍再開だ!」続いて呼吸も再開したが、弱い徐呼吸だったので、補助換気をしながら病院へ向かう。
搬送中、
「心臓も、呼吸も、お願いだから、止まらないで!!」
必死だった。
幸い、再び心停止になることなく、病院に到着。以降の措置を医師に引き継いだものの、その後、男性がどうなったのか、ずっと気にかかっていた。
数日後、隊長から、
「なぎさっ! この前の人、社会復帰したぞ!!」
CPAから社会復帰したケースは初めての経験だった。思わず涙があふれた。
隊長がその後にもらした言葉は、
「お前が頑張ったから、あの人助かったなぁ」
今日に至るまでその言葉が、辛い現場をいくつも見てきた佐伯を支えている。
隊長は胸骨圧迫からAEDのショックボタン、そして補助換気まで自分に任せてくれた。その隊長が後日、「あの事案は、なぎさが頑張ってくれたからだ」と話していたことを、他の人から聞かされた。
佐伯は胸が熱くなると同時に、思った。
「私も将来、熱い気持ちを持ち隊員を信頼してくれる隊長になりたい」
「オレンジを着てみたい」
佐伯が消防士の職に関心を抱いたのは、小学生の頃に発生した阪神・淡路大震災がきっかけだった。緊急消防援助隊として現地に赴いた父が、汚れたオレンジ服で帰ってきた姿を、今も鮮明に覚えている。その頃からヒーローのような消防士に、あこがれ、誇り、やりがい、信頼感といった感情を抱くようになった。佐伯の父は、長く小松市消防本部に勤務し、要職を歴任して消防長になった人物だ。
消防士への初めての挑戦は高校生の時だったが、夢はそう簡単に叶うわけもなく、カヌー競技の推薦枠で東京女子体育大学に進学した。ちなみに佐伯はバリバリの体育会系。カヌーの国体選手だった父の英才教育のもと、幼少から夏はカヌー、冬はスキーに親しみ、高校からはカヌーに一本化、朝から晩まで文字通りカヌー漬けの日々を送る。高校2年生のときには石川県で開催されたカヌーの世界ジュニア大会に日本代表として出場している。オリンピックをめざした時期もあったが、消防士へのあこがれが上回った(佐伯の弟は同様にカヌーに打ち込み、オリンピックにも出場している現役選手だ)。
大学在学時、そして卒業後と採用試験を受けるものの苦杯をなめ、幾度もの挫折を味わった。長い間、家族にも心配をかけてきた。地元に帰り、教員免許を活かして講師をしながら糊口をしのぎ、「これで最後!」と決めて挑んだ5回目の採用試験でついに合格。夢であった消防士として、そしてあこがれだったヒーローへのスタートラインに、大学卒業後2年余りの歳月をかけて、やっとの思いで立つことができたのだった。
白山野々市広域消防本部だけしか目に入らなかったのは、管轄エリアに山岳地帯を抱える県内最大規模の消防本部であり、「オレンジを着てみたかったから」。他の消防本部と異なり女性消防士がいなかったことも、道は自ら切り拓くという佐伯の気質に合ったようだ。
最初に採用試験を受けた高校生のころは、まだ石川県内に女性の消防士がおらず、現役消防士だった父からも当初は、
「女の入る世界じゃない、生半可な気持ちじゃ無理だ」
「だめだ、あきらめろ」
と言われ続けた。しかし、あきらめずに挑戦し続けるうち、ぶっきらぼうに「参考にしろ」と消防関連の資料を手渡してくれるようになった。今では実家に帰ると、父とふたり、消防に関する話が尽きず、母から会話に入れないと苦言が出るほどだという。しかし佐伯の合格を一番よろこんでくれたのは、もっとも身近で見守ってくれた母だった。合格通知を手にした佐伯が感極まって号泣したときは、「ああ、よかったね」と、もらい泣きしてくれた。
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大切なことは「優しさ」や「思いやり」、そして「人を愛する気持ちを持つこと」