
高規格救急車 北アルプス広域消防本部
法解釈のズレ
吉沢は、少しでも多くの関係者に現状の救急車の危険性を伝えたいという思いから、自身が調査した内容や現状の課題を論文「救急車の視認性を高めるための反射材の使用についての考察」にまとめ、総務省消防庁が主催する「平成26年度消防防災科学技術賞」論文に応募。その論文が優秀賞を受賞した。同時にいくつかの学会でも反射材の必要性を訴えた。その1つである第50回日本交通科学学会学術講演会で同内容を発表したところ、この会長を務める昭和大学病院院長の有賀徹医師が吉沢の訴えに賛同してくれ、平成26年8月に「視認性に優れた緊急自動車にするための検討会」が立ち上げられた。医療従事者や交通に関する行政関係者なども参加して議論を重ねる中で、法令を所管する国土交通省自動車局(現:物流・自動車局)と、実際に車検を行う自動車検査登録事務所の間には法解釈の乖離があることがわかってきた。
反射材にはいくつかの種類があるが、条文には再帰反射材に関する事項が記載されているため、全国各地の自動車検査登録事務所では「条文に適合する車両の特定位置に再帰反射材“のみ”貼ることができる」と解釈し、実際にそう指導していた。しかし、国土交通省自動車局の見解は「再帰反射材を貼れるのは特定車両の特定位置のみだが、それ以外の反射材については法で言及されていないため、いくつかの条件(*)を除けば自由に貼れる」というものだった。吉沢も当初は車両に貼れるのは再帰反射材のみと考えており、法自体を改正する必要があると思っていたが、この解釈ならば現行の法に抵触することなく反射材を貼る自由度が大幅に広がる。吉沢にとってはまさに目からうろこだった。
3回にわたる検討会の内容は学会誌短報にまとめられ、有賀医師執筆による、日本救急医学会、日本臨床救急医学会、日本交通科学学会連名の提言書「救急車に『再帰性に富んだ反射板(材)』の利用を!」が、平成27年8月6日に総務省消防庁、同7日に国土交通省、24日に東京消防庁(全国消防長会会長)に届けられた。
これを受けて平成27年8月20日には国土交通省自動車局技術政策課が「救急自動車に備え付ける反射材について」という事務連絡を発出し、平成28年5月20日には全国消防長会が「救急自動車等に備え付ける再帰性に富んだ反射材について」という報告を発表。各消防本部に向けて反射材の貼りつけ例を提示したことで、全国の消防本部が新しい反射材のルールを知ることとなった。
※ *車体前面に赤色、後面に白色の反射材を用いない(道路運送車輛の保安基準の細目を定める告示第62条)、他の交通の妨げにならない(道路運送車輛の保安基準第42条)
リア
車体後面に白色は使えない

組織判別を容易にする
そしてこの新解釈をもとに同本部が配備したのが、ここで紹介する新デザインの高規格救急車だ。同車には、日本交通科学学会が名づけた「再帰性に富んだ反射材」と呼ばれる反射材が使われている。これは再帰反射材の指定基準には満たないが、比較的再帰性が高く、散光性もある反射材のことを指す。再帰反射材は確かに輝度が高く目立つが、光源方向にのみ反射する性質があるため、それ以外の角度からは見えにくい。想定外の場所で活動する緊急車両は、多方向から広く視認されたほうがいいため、必ずしも再帰反射材を用いる必要はないのだ。再帰反射材と再帰性に富んだ反射材の見分け方は簡単で、材表面に「E」のマークがあるものが再帰反射材なので、それ以外を使えばいいのである。
デザインはイギリスの緊急車両を参考に、赤と白の市松模様を側面中心部に大きく貼った。イギリスでは消防車両は赤と黄、警察車両は青と黄、医療関係車両は緑と黄の市松模様に統一されている。配色を統一しておくことで、多機関が集まる夜間の大規模災害時などであっても一目でどの機関の車両かがわかる。
また、両側面のガラスに貼られた数字にも反射材を使用している。これは2012年(平成24年)に管内で集団災害が発生し4台の救急車が集結した際に、4台中3台がトヨタハイメディックで見分けがつかなかったことを教訓としている。番号を貼っておけば、すぐに自隊の車両だと判別できる。
ちなみに、吉沢は当初、リアに逆V字の反射材を施す予定だったが、有賀医師に「夜間であっても一目見て救急車とわかるようにしないといけない」との指摘を受け、現在は車体形状がわかる程度の反射材に留めている。あまりにも救急車のイメージとかけ離れると、市民にはただの宣伝カーのように見える危険性がある。派手で目立てばいいというわけではないのだ。
また、同車の整備に先立ち、反射材メーカーの3Mジャパンの全面バックアップを得て、既存の救急車、資機材搬送車に反射材を貼付する実証実験を実施。この結果により、反射材の効果に確信を持つことができた。
反射材はコストパフォーマンスも抜群
反射材は裏がシール状になっており、写真のように手作業で車体に貼りつけていく。一度貼ってしまえばほぼメンテナンスフリーであり、ワックスがけや洗車の際に角をこすらないよう注意すれば剥がれ落ちる心配もない。万が一何らかの原因で剥がれてしまっても、容易に補修が可能だ。

反射材=派手ではない
吉沢が同デザインを考案した当初、消防本部内では懐疑的な空気が強かったという。共に同車の仕様書作成を担当し、資機材整備などを行った戸谷芳樹消防司令補も、デザイン案段階では「派手すぎるのではないか」と懸念を抱いていた。が、実車が納入されると、目立ちはするが派手すぎない非常にいいものに仕上がっており、「反射材=派手」という既成概念を見事に覆されたという。実証実験後に隊員にとったアンケートでは、「もっと派手でもいいのではないか」という意見が出たほどだ。
吉沢の理想は、前述したイギリスのように機関ごとに色分けし、災害現場での機関の判別を容易にすることだ。そうなれば夜間活動時の安全性確保だけでなく、災害現場でのスムーズな活動にも反射材が役立つことになる。同本部では他消防本部や医療機関等へ反射材の使用を地道に働きかけるほか、今後更新配備する自本部の車両には、積極的に反射材を活用していく予定だ。
患者室内






資機材搬送車でも実証実験を実施!
救急車の配備に先立ち、平成27年11月に既存の資機材搬送車に対して「再帰性に富んだ反射材貼付の実証実験」を行った。災害現場での識別を重視し、救急車とは配色の異なる赤×黄の市松模様を配している。(写真提供/北アルプス広域消防本部)



参考資料
「救急車への視認性を高めるための反射材の使用についての考察」 吉沢彰洋
提言「救急車に『再帰性に富んだ反射板(材)』の使用を!」 日本交通科学学会、日本救急医学会、日本臨床救急医学会
事務連絡「救急自動車に備え付ける反射材について」 国土交通省自動車局技術政策課
報告「救急自動車等に備え付ける再帰性に富んだ反射材について」 全国消防長会
短報「第50回日本交通科学学会総会・学術講演会に関連した『視認性に優れた緊急自動車にするための検討会』からの報告」 中村俊介、吉沢彰洋、山下智幸、三林洋介、一杉正仁、有賀 徹
不思議な縁で反射材の導入が実現
緊急車両の夜間安全性を高めるには反射材を使えばいいと考えたが、導入に至るまでにはいくつもの壁が存在した。いち消防士が調べられる事、理解できることには限界がある。立ちはだかる壁に挫折しそうになったりもしたが、そういうときには不思議なことに、必ず絶妙のタイミングで、助けの手を差し伸べてくださる方が現れた。様々な方の知識や努力の結果が、今回配備した救急車のデザインに表れている。反射材を使えば、自分や仲間がもっと安全に活動できるということを、全国の消防士に知ってほしい。
この車両の装備担当
Profile

消防司令補 吉沢彰洋
北アルプス広域消防本部 大町消防署(取材当時)
Profile

消防司令補 戸谷芳樹
北アルプス広域消防本部 大町消防署(取材当時)

【SPECIFICATIONS】
車名:トヨタ
通称名:ハイメディック
シャーシ型式:CBF-TRH226S
全長:5650mm
全幅:1890mm
全高:2550mm
ホイルベース:3100mm
最小回転半径:6.1m
車両総重量:3155kg
乗車定員:7名
原動機型式:2TR
総排気量:2690cc
駆動方式:4×4
配備年月日:平成28年3月18日
艤装メーカー:トヨタテクノクラフト