
高規格救急車 北アルプス広域消防本部
北アルプス広域消防本部 大町消防署[長野県]
写真◎伊藤久巳
Jレスキュー2016年9月号掲載記事
反射材が隊員の命を守る
灯火類が消失したら…
夜間、街灯のない暗い路上や高速道路上で緊急車両を見かけた時、まず目につくのは煌々と光る赤色警光灯や周囲作業灯だ。これらの灯火類が周辺車両に緊急車両の存在を知らせているおかげで、夜間活動中の消防隊や傷病者の安全が守られている。だが、もしエンジンやバッテリーが故障して灯火類が使えなくなったら、どうなるか? 視覚的に緊急車両の存在を周囲に認知させることは難しい。北アルプス広域消防本部はこの点に着目し、2016年(平成28年)3月18日に「再帰性に富んだ反射材」を車体に貼った高規格救急車を日本で初めて配備した。この車両の仕様を担当した一人、吉沢彰洋消防司令補(取材当時)が反射材の使用を思いついたのは、ある救急隊員の殉職事故がきっかけだった。


なぜ彼は亡くなった?
寒さ厳しい2012年(平成24年)1月、夜間の高速道路においてその事故は発生した。ある消防本部の救急隊が出動途上、8tトラックとの接触事故が発生し、走行車線と追い越し車線をまたぐ形で走行不能に陥ったのだ。救急車は事故の衝撃で動力、電力を失い、灯火類はすべて消失。救急隊長は機関員をトラック運転手の状況確認に向かわせ、自身は隊員とともに発炎筒を焚き二次災害防止措置をとった。しかしその後、携帯電話で110番通報を行っている最中、後方からきた普通乗用車に衝突された。救急隊長はその場で心肺停止状態に陥り、同僚による救急救命処置や、彼をよく知る医療スタッフの懸命な高度治療も及ばず亡くなったのである。吉沢は以前から講演会などでその救急隊長の存在を知っており、突然の訃報に衝撃を受けた。
「なぜ、きわめて高い能力を備える彼が亡くなったのか」
事故当時の状況などを聞き、一心に考えた吉沢が出した推論は「救急隊長は、暗闇に沈む自隊の救急車が二次災害を引き起こす可能性を認識し、それゆえに自身は退避しなかったのではないか」というものだった。
赤色警光灯をはじめとする緊急車両の灯火類は、性能が高く故障しにくい。そのため、吉沢はこれまで灯火類が使えないという事態を想定したことがなかった。ただ、緊急車両の中でも、とくに救急車は空調設備や医療機器などを多用するため、電源に非常に高い負荷がかかる。電源に負荷がかかりすぎて何らかの故障を起こし、灯火類が点灯できない可能性は十分に考えられるのだ。それに気づいた吉沢は、非常時の灯火類の代替手段として、再帰反射材を活用することを思いついた。
側面




再帰反射材は使えない
再帰反射材は受けた光を光源に向かって反射する構造で、カラーコーンや安全ベスト、道路工事標識などに幅広く活用されている素材である。動力を必要とせずメンテナンスフリーで使用でき、コストパフォーマンスにも優れているため、灯火類のバックアップにはもってこいだった。ところが、調査を進めていくと、再帰反射材は国土交通省が所管する「道路運送車輛の保安基準第38条の3(平成17年12月21日公布・施行)」(表)に抵触するため、救急車には貼れないことがわかったのだ。
同条はもともと灯火のみでは車体全体がわかりにくい大型貨物自動車(箱型の荷台を持つ貨物トラック)の被視認性を向上させるために定められた法規であり、再帰反射材を用いるなら、トラックの車幅や車長、輪郭を示すように貼ることが定められている。「道路運送車輛の保安基準」の中で再帰反射材に触れている箇所は同条のみなので、たとえ緊急車両であっても同条に準拠しなければならず、もし救急車に再帰反射材を用いるならば、強引に救急車を大型貨物自動車(貨物自動車をもとに改造を施している、箱型の荷台を持つ貨物自動車と類似した形状である等)とみなすか、本部名等の文字やマークだけに貼るしかない(同条には文字等に関する記述はないため)。だが、同条はあくまで走行中や停車中の大型貨物自動車の安全性を高めるための条文。運転手が想定していない場所に停車して傷病者対応にあたる救急車の視認性を高め、他者にその存在を示すには、現行法規の再帰反射材の使用量、貼りつけ方法では不十分だと吉沢は感じた。
表
道路運送車輛の保安基準第38条の3
自動車(次の各号に掲げるものを除く。)の前面(被牽引自動車の前面に限る。)、両側面及び後面には再帰反射材を備えることができる。
(1)専ら乗用の用に供する自動車であつて乗車定員十人未満のもの
(2)前号の自動車の形状に類するもの
(3)二輪自動車
(4)側車付二輪自動車
(5)カタピラ及びそりを有する軽自動車
2 再帰反射材は、光を光源方向に効果的に反射することにより夜間に自動車の前方(牽(けん)引自動車の前方に限る。)、側方又は後方にある他の交通に当該自動車の長さ又は幅を示すことができるものとして、反射光の色、明るさ、反射部の形状等に関し告示で定める基準に適合するものでなければならない。
3 再帰反射材は、その性能を損なわないように、かつ、取付位置、取付方法等に関し告示で定める基準に適合するように取り付けなければならない。
フロント
車体前面に赤色は使えない


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法解釈のズレ 他