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1000床を持つ世界最大の病院船「マーシー」
2018年6月13日から21日まで、アメリカ海軍の病院船「マーシー」が、東京港と横須賀港に初めて寄港。6月15日には東京港で関係者に公開された。日本が病院船を持つべきかどうかは過去に議論されたことがあり、沿岸部が壊滅的な被害を受けた東日本大震災後も、来たるべき南海トラフ巨大地震や首都直下地震等を見据え、内閣府主導で海からアプローチする医療支援として病院船が検討された。この公開は、災害医療への船舶活用について知見を得ようと政府が招致したもので、実際の病院船を学ぶ貴重な機会となった。
令和6年能登半島地震で改めて病院船の必要性が浮き彫りになったことから、Jレスキュー2018年9月号に掲載した記事をJレスキューWebで公開します。
写真・文◎柿谷哲也
Jレスキュー2018年9月号掲載記事
「マーシー」はアメリカ海軍が持つ2隻の病院船のうちの1隻(1986年就役)で、同型艦に「コンフォート」(1987年就役)がある。
洋上での負傷者治療の拠点とする目的で建造されたこの船は元タンカーを改造して作られ、満載排水量6万9360トン、全長272mの巨大な船体を持つ。タンカーの船体を使った理由は、ズバリ「負傷者の動線」。全幅32mもの広い幅を持つことから、主要な医療区画をワンフロアに集中させることができた。これなら負傷者が次々に運ばれてきても、流れ作業のように動かして、大量の受け入れが可能になる。
「マーシー」は岸壁に接岸せず、洋上を拠点とするのが原則。そのため負傷者の搬送はヘリコプターで行う。ヘリコプターが船体上部の03デッキにあるフライトデッキに着船すると、ストレッチャーを使って負傷者を船内の入り口に移動する。除染が必要な場合は、同じ03デッキにある除染室で除染を行い、終わると3基あるエレベータでメインデッキ(第1デッキ)に降ろす。
医療区画はこのメインデッキにまとめられており、まずは外傷初療室(CASREC)で傷病者を受け入れ、治療の優先順位や処置内容を決めるトリアージを行う。大規模災害でよくある地べたでのトリアージではなく、処置台(50台)に寝かされた状態での検査だ。
続いて放射線科の区画があり、レントゲン室(4室)やCTスキャン(1室)がある。手術が不要の場合はCASRECで処置して下の階にある病棟に移動させることになる。放射線科に隣接する区画には血液バンクがあり、輸血用に使う血液の冷凍保存と解凍などが行われる。
手術を受ける負傷者にはこの奥にある術前処置区画(Pre-op)で手術に備えた検査や準備を行い、続いて手術区画に移動し手術を受ける。ここには大小12の手術室があり、今回はその1室に運用試験目的で世界最先端の手術支援ロボットである「ダビンチ」が搭載されていた。訪日する前に行った東南アジア地域での医療支援では、実際にダビンチを使った手術を4例行ったという。
術後は80床の集中治療室、20床の術後回復室へ。メインデッキでの水平移動はここまでで、負傷者は集中治療室で回復すると第2デッキから下にある中級治療病棟(280床)、軽度治療病棟(120床)、限定治療病棟(500床)で療養し退院を待つことになる。つまり「マーシー」は病床数1000床を持つ大学病院並みの高度医療施設であり、脳外科を含む各医科の担当医師が派遣され、ほぼすべての手術を行うことができる(人工心肺装置を搭載していないため、臓器移植、心臓バイパス手術はできない)。
「マーシー」は病院長が船長を兼務している。副長も医師だ。CTスキャンや手術などは船の動揺に影響されるので、医療チームは副長に計画を伝え、船の航路を決定する船長に報告。医師である船長は医療の予定を鑑み航路を決断する。
「マーシー」の母港はサンディエゴ。通常は米軍属18名、海軍医療要員(軍医など)58名が勤務しているが、任務の際は最大で軍属65名、医療要員1215名を乗せ5日以内に出航する。
メインデッキ1# CASREC (外傷初療室)
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