人間はエラーを起こす <br>―Human Errorと安全管理の基本的考え方―

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人間はエラーを起こす
―Human Errorと安全管理の基本的考え方―

【連載】JAL機長が解説する「安全管理」のマインド 第1回(再掲)

Jレスキュー2022年7月号掲載記事

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ドローン運用の現場で感じた危機感

本稿をご覧の皆さま、初めまして。日本航空・ボーイング767型機機長の石川宗(いしかわ・はじめ)と申します。今回から6回にわたって、日本航空が安全運航のために行っている、有人機Operationの工夫や、基本的な考え方をご紹介させていただきます。

2021年(令和3年)10月と11月に福島県南相馬市原町の福島ロボットテストフィールド行われた「消防庁ドローン運用アドバイザー育成研修」に講師として参加させていただいたことがご縁で、このような機会を得ることとなりました。

そもそもエアラインのパイロットがなぜドローンに関わっているのか? と疑問を持たれた方もいらっしゃると思います。私とドローンの関わりも簡単に説明させていただきます。

私は日本航空が2020年10月に立ち上げた「JAMOA(ジャモア)」に当初から関わり、また講師としても参加しています。「JAMOA」とは、「JAL Air Mobility Operation Academy」の略で、パイロット訓練のノウハウを活かした無人航空機オペレーターの人財育成プログラムです。

この事業に私が関わったきっかけは、ドローンの運航現場である種の“違和感”を感じたためです。エアラインをはじめとする有人機の世界では“必然的”に安全な運航を維持するため、様々なルールが定められています。乗員の資格取得や維持管理、また機材の設計から整備方法はもちろんのこと、運航管理や訓練など本当に細かい部分まで規程類が整備され、それらを遵守することで安全運航を堅持しているのです。

一方で、私がオブザーブしたドローンの運航現場では、必ずしも“必然的”に安全運航が行われているとは感じられませんでした。「偶然が重なった結果、たまたま安全に飛ばせている」という印象を受けてしまったのです。風向風速の変化への対応や、交わされる会話など、ちょっと工夫をすればより安全になるのに…と感じる場面を度々目にしました。

もちろん、有人機にしろ、ドローンなどの無人機にしろ、どちらも“空を飛ぶ”という点では同じです。にもかかわらず、安全に対する姿勢や考え方には大きな差があり、このままでは“不安全事例が起きかねない”と感じたのです。そこで、日本航空で長年培ってきた安全運航のノウハウを無人機Operatorの方々にお伝えし、“より安全なものにしたい”とJAMOAをスタートさせました。少々前置きが長くなりましたが、本題に入りたいと思います。

JAL機長が解説する「安全管理」のマインド
石川宗機長(写真右)。
人間とエラー

第1回目の今回、読者の皆さんにお伝えしたいことはただ一つ、『人間はエラーを起こす』ということです。「エラーを起こしてはいけないではないか!」とお叱りを受けそうですが、単にエラーを許容するというお話ではありません。人間の能力の限界を深く理解することにより、油断やスキのない姿勢で運航に臨むことになりますし、エラーに備えたり、エラーをマネジメントしたりすることも可能になるのです。

さて、人間の情報処理の過程は、大まかに次の3段階であると言えます。

  1. 認知
  2. 判断
  3. 行動

ところが人間は、いずれの段階でもエラーを起こしてしまうのです。残念ながら、どんなに頑張っても、気合を入れても、エラーは起こるものなのです。一つひとつ簡単に説明します。

「認知」の誤り

認知を「曖昧」または「不正確」にしてしまう「錯覚」は特に身近なものです。下の図をご覧ください。非常に簡単な錯覚の図です。どちらも横の直線は同じ長さなのですが、両端についている矢印の向きによって下の方が長いと認知してしまいます。似たような錯覚はたくさんあり、錯覚を巧みに利用した「だまし絵」もよくご存じだと思います。飛行機の操縦中に、錯覚から空間識失調(※注)に陥ると大変危険な状態になります。

※ 空間識失調:飛行中、視覚・平衡感覚および深部感覚などさまざまな感覚器からの、強さ・方向・頻度の異なる刺激を受け、平衡感覚が失われる状態。

JAL機長が解説する「安全管理」のマインド
錯覚の図。
「バイアス」による誤り

次に判断を誤らせるものとして、バイアスを紹介します。バイアスとは偏見や思い込みといったものです。バイアスにはたくさんの種類がありますが、「確証バイアス」は最も有名なものの一つで、自分に都合の悪い情報を無視したり、過小評価したりする認知バイアスです。

ショッピングモールなどで買い物をしているとき、非常ベルが鳴ったという経験はありませんか? こんな時に「確証バイアス」が働くと、「自分は大丈夫」とか「警報機の異常に違いない」などと無意識に思い込んでしまいます。避難しなければいけない状態にもかかわらず、正常に判断されないため逃げ遅れる危険性が高くなってしまうのです。

「行動」の誤り

最後は行動についてです。正しく認知・判断が行われたにもかかわらず、他人の存在の影響で正しい行動が行われない場合があります。いわゆる集団心理です。

正しい行いは「これ」だ、とわかっているにもかかわらず、その場の雰囲気に流されてしまい思った通りの行動ができなかった、という経験はありませんか? 

随分昔に「赤信号みんなで渡れば怖くない」などという言葉が流行りましたが、日本人は特に集団行動を重視すると言われています。このため、周りの状況や雰囲気に自分の行動を合わせていく、いわゆる「空気を読む」といったことが多々あります。自分自身の行動や発言が、集団の中の他人からどのように思われているかを非常に気にしてしまい、自分だけが変わり者だと思われたくない、といった心理が働き、自分の判断通りの行動ができない場合があるのです。

このように人間は「認知」「判断」「行動」のいずれの段階でもエラーを起こします。次回以降はそんなエラーを起こす人間が、安全運航を維持するためにどのような工夫をしているのか、を紹介していきます。スレット&エラーやノンテクニカルスキルなど、あまり聞き慣れない言葉かもしれませんが、ぜひご期待ください。

石川 宗

石川 宗Ishikawa Hajime

日本航空株式会社
運航訓練部 調査役機長
(役職は連載誌面掲載当時のもの)

【連載】JAL機長が解説する「安全管理」のマインド 第1回(再掲)
Jレスキュー2022年7月号掲載記事

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