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札消式「水力換気」の新戦術&【COBRA】(前編)
PPV陽圧換気戦術、ウォーターカッター消火戦術など、既存の火災防ぎょ戦術に捉われず、常に先進的な戦術や資機材の検証に貪欲な札幌市消防局。2020年(令和2年)12月より試行運用を開始し、すでに実戦で何度も使用してその効果に絶対の自信を持つという札幌市の新たな取り組み、水力換気システムとは何か? その全容を詳しく紹介する。
写真◎伊藤久巳(特記を除く)
Jレスキュー2021年9月号掲載記事
(役職・階級・体制は取材当時のもの)
「札消式水力換気システム」とは
車両の装備担当者が注目したアメリカ発の戦術とノズル
札幌市消防局における火災件数は年々30件程度ずつ減少している。2020年(令和2年)中の火災件数は376件で、このうち約70%は建物火災が占めている。つまり、ほとんどが建物火災ともいえる。しかし、過去10年において死者数は火災件数に比例しておらず、減少傾向にない状況にある。建物の気密性や防火性能の向上により火災件数は減少しているが、それに反して昨今、建物構造は機密性が高く複雑多様化したものに変化したことで、建物自体が熱や煙を蓄積しやすく、火災化した場合の室内環境はより過酷なものとなっているといえる。
消防隊員にとっても、屋内進入を行っての人命救助、内部への放水活動を迅速に行うことは容易ではなく、他都市においてはフラッシュオーバー等による急激な火勢の拡大に巻き込まれ、殉職するケースも近年相次いでいる。そういった要因から建物内への積極的な消火活動を展開できない状況も多く、火災の制圧までには時間を要することがあり、人命救助や消火活動における課題の一つとなっている。
(なお、同局では他都市において発生した殉職事故や同局における受傷事案等を受け、令和元年の総合訓練査閲では指揮隊とポンプ群隊の連携訓練を行い、各隊の連携および安全管理能力の強化を図っている。)
そのような火災防ぎょ活動を取り巻く状況の変化もあり、札幌市消防局では平成29年より水面下で新たな消火戦術のノズルの研究を進めていた。
きっかけは、地元の消防車両メーカーである北海道モリタからの米国製水力換気ノズルの紹介であった。この資機材についての意見を求められた装備担当(当時)の松花将克消防司令は、ネットにアップされている動画でそのメカニズムを確認した。
「最初に水力換気ノズルを使用した消火の動画を見たときは、本当にこの機構だけでそこまでの排煙能力が得られるのかな? と半信半疑だったが、噴霧放水で換気の効果を得られるということは前々から分かっていたので試してみたいという考えもあった」(松花消防司令)
松花消防司令がノズルに関連する米国の戦術についての文献を辿るなど、装備係が先行して情報収集を行ったところ、海外ではこの水力換気ノズルがすでに実戦で活用されており、その排煙・排熱能力の効果と室内冷却による相乗効果で、フラッシュオーバーの抑制が期待される先進的なノズルであることがわかった。また炎上中の建物の屋外から設定できるという安全性も有しているということから同局でも導入すべく警防部消防救助課、札幌市消防科学研究所と研究を重ね、資機材制作メーカーとの共同開発に至った。(なお、海外製品の日本への販売はされていない)
※札幌市消防局ではCOBRAによる排煙・排熱活動を「水力換気システム」と呼んでいる。
札消式水力換気ノズル【COBRA】
ノズルの先を建物の外側に
消火の常識を覆す手法
『札消式水力換気ノズル~COBRA~』と命名されたこの資機材を簡単に説明すると、火災室の外側から窓等の開口部にノズルの先端を差し込み放水の設定を行うが、そのノズル先端を屋外に向け噴霧放水を行う。この放水によって発生する空気の流れで火災室内に「負圧」を発生させ、有効な陰圧換気の流れが作り出される。消防隊が吸排気を人為的に設定することで内部の排煙・排熱を行うとともに、室内環境が改善(視界・熱さ)された内部へ吸気側から安全に進入して、迅速な人命救助・的確な火点制圧を行うものである(図参照)。
ポイントは、吸い出すように煙を外に排出させ、有効な陰圧換気を強制的に発生させること。そのために有効な放水圧がどのぐらいなのか、効果を得られる噴霧角度はどれか等の実験・検証は、警防部消防救助課と札幌市消防学校に併設されている消防科学研究所および北消防署新琴似機動水槽隊の合同で令和2年度から本格的に進められ、令和2年12月から新琴似機動水槽隊による現場での試行運用が開始されている。
従来の排煙戦術との違い
札幌市消防局では、以前よりPPV(陽圧・加圧排煙)戦術も研究し、火災第一出場では最低1隊は可搬式ブロアーを積載した車両が出場し、PPV戦術が有効なシチュエーションではブロアーによる陽圧換気が実施され、これまでに約350件の実績を積み重ねてきた。またウォーターカッターによるミスト冷却も研究・導入されてきた。これらの戦術と異なる、札消式水力換気システムの最大の特徴は、屋外からだけで設定が完了できること。つまり、隊員の安全が確保された状態で室内環境を改善できるのである。室内環境が改善されると視界がクリアになり、人命・火点の検索が効率的に行えるようになる。
また、COBRAは独特の形状により主ノズルの反対側にもう一つ、抑制ノズルが設けられている。これは主ノズルが窓枠等から建物外側に向けて放水するのと同時に抑制ノズルから室内天井に向けて噴霧放水を行うもので、最も燃焼している火点室から高温の可燃性ガス(煙と熱)を排出し、抑制ノズルによる室内冷却により温度上昇を抑制することでフラッシュオーバーの危険性を低下させ、内部進入時においても隊員の安全を確保できるのである。
結果的に隊員の吸気側からの進入が容易になり、視界がクリアになることで放水の的となる火点を視認でき、的確な注水により消火水量を削減できる。加えて排気方向を人為的に設定できるため、他の建物への延焼防止にも繋がる。
吸気側から空気を取り込む点については、COBRAの陰圧換気は空気を引っ張るため換気流路が一定となることで、新鮮な空気を取り込んでも火勢の拡大に繋がる可能性は低いと言える。またPPV戦術といった換気方法は、換気流路の設定など建物全体で換気を考える必要があったが、水力換気システムでは区画ごと(部屋)に換気が可能となる。同局では、これまでもクラスA、CAFS、ブロアーやウォーターカッターなど火災において有効となる取り組みや資機材を導入しており、今回も現場における活動の選択肢(武器)を増やし、状況に応じて最適な手段を選択するためのものである。
【実火災での使用状況】
(写真/札幌市消防局提供)
実演1:一般建物火災想定
排煙と並行した救出、火点制圧の実演。地上2階建て一般住宅1階出火、逃げ遅れ1名ありという想定で開始。新琴似機動水槽隊が1階西面窓にCOBRAを設定して排煙する一方、並行して別の水槽隊が進入口の南面ドアから内部進入して要救助者を救出し、火点制圧する。
機動水槽隊による換気放水の動き
吸気側の開口部を空けると、負圧により空気が吸い込まれているのが分かる。
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